第30話 6年目の春

貴志が発ってから6年目の春が訪れたある日の晩、俺は二つの通帳と睨めっこしながら家族会議をしていた。

一つは俺がバイトを始めてから積み立ててきた通帳、もう一つは両親が俺が大学に行く時にと積み立てていた学資保険の通帳。

すでに保険は満期になってお金は受け取っていたが、俺が進学しなかった為に両親がそのまま残していた。ほんの少しだけ、そこから俺と母の分の資格費用には充てたが、それでもかなりの額が残っている。

そして、何故、通帳を目の前に家族会議をしているのかと言うと、バイト先の店長からそろそろ独立を考えてはどうかと提案されたからだ。

バイトしながら経営のノウハウも学んだ。

花の仕入れも関わっていたから、準備は万端な状態だった。

独立にあたって、このお金達をどう使っていくか両親も交えて悩んでいた。


「まずは物件だな」

父の言葉に母が頷く。

「この辺で探すとなると難しいものね」

「あのさ・・・この家を少し改装してみるのはどうかな?」

俺の返答に、2人がきょとんとした表情で俺を見つめる。

「住居を2階にして、一階を改装するんだ。半分は花屋、半分はフラワー教室みたいにしてさ。ほら、母さんはそれに関しては優秀だって太鼓判もらったでしょ?一緒に花屋を切り盛りしながら、定期的に教室を開くんだ」

「なるほど・・・」

感心したように父が呟く。

「ちょっとした二世帯住宅みたいなやつでさ。それなら、母さんは家の事もできるから、父さんの心配とかしなくていいでしょ?」

「それはいいわね・・・」

「何言ってるんだ?父さんは2人の応援をするって決めてるから、家の事くらい出来るぞ?」

「それはいつも手伝ってくれてるから感謝してるわ。でも、ずっと私を支えてくれてきたあなたの事を、これからも支えていきたいの。それに、将来、天音が嫁いだら2人の時間が増えるわ。その時の為にも2人の時間をもっと大事にしたいの。よく聞くでしょ?家に子供達がいなくなって、急に夫婦2人になるとすれ違いとか、喧嘩が絶えなくて別れたとか・・・」

「母さん、そんな心配していたのか?」

「違うわよ。可能性としての話よ。実際、そういった話もあるわけだし・・・私は年老いても父さんと仲良く暮らしたいのよ」

「母さん・・・」

「ちょ、ちょっと〜話が逸れてる上に、子供の前でイチャイチャしないでよ」

俺は呆れ気味に2人に声をかけると、いつの間にか手を握っていた2人はふふっと笑いながら俺に視線を戻す。

「天音、改装の件は父さん達は賛成だ。天音と母さんの夢が叶うんだ。思うようにやってみなさい」

「父さん・・・ありがとう」

「じゃあ、さっそく改装の見積もりからね。近所の工務店に聞いてみる?あそこの奥さんと旦那さんにはよくしてもらってるし、予算が合うならお願いしたいわ」

「うん。そこは母さんの主婦ネットワークに任せる。じゃあ、父さんは俺と予算の振り分け手伝ってくれる?父さん、営業職だからお金の流れとかわかるんでしょ?」

「そうだな。それなら手伝えそうだ」

俺は頑張ろうねと2人に声をかけ、紙とペンを取り出し三人で話し始めた。

話してる間、母と父の笑顔を見ながら幸せだなと俺も笑みを溢す。

そして、両親のような互いに想い合い、支え合う夫婦になりたいと思いながら、貴志を想い描いていた。


早々と話を決めた俺達は、まずは2階を改装し、その後は一階の店舗向けの改装に向け、何度も業者と打ち合わせをする。

その間も俺はバイトを短時間に減らし、少しでも学ぼうと通っていた。

母は家の事をしながら、教室について学んでいた。

そんな俺達をささやかではあるが、会社が休みの日は食事を作ってくれたりと、父が支えてくれた。

そんな生活が半年以上も続いた。

その頃には夏も終わり、秋が訪れ、もうすぐ冬が来ようとしていた。

その間も貴志からの連絡はなかった。

恋しさはあるものの、忙しさで寂しさは薄れていった。

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