第29話 信じる気持ち
「今年も届いたの?」
俺はダイニングに置かれた高級感溢れる包みに視線をやると、夕飯の支度をしていいた母が振り返り、少し困った顔で答える。
「そうなのよ。こちらも返しているのだけど・・・本来なら顔を合わせてお礼を言いたいのだけど、双方とも忙しい方々だから・・・」
小さなため息を吐きながら、困ったわねと母が呟く。
毎年年末になると貴志のご両親から、お歳暮的な立派な包みが届く。
顔合わせした以来、忙しい2人には会えていないが、毎年俺の誕生日と年末には包みが届く。
留学に行った貴志からは、あの日以来届かない。
ご両親からも説明はない。それが何を意味するのかわからず、こちらからも話を聞けずにいた。
だけど、こうして毎年贈り物をくれるという事は、まだ俺が婚約者候補である事を認めている気がして、ほんの少し安心ができた。
年が明け、秀と神社へ向かう。
昔ながらの光景だ。秀は地元を離れている間でも、正月は必ず帰省して俺とこうしてお参りに付き合ってくれていた。
一度、秀に無理して帰省しなくてもいいと伝えた事があったが、夏に帰ってこれない穴埋めだと笑って答えてくれた。
幼い頃から、秀のこの笑顔に俺はずっと救われていた。
安心できる秀の笑顔と、心強い持ち前の明るさ、そして何よりオメガ、ベータという性別に関係なく対等に接してくれる・・・それが本当に嬉しかった。
「本当に一年があっという間だな」
お参りの列に並びながら秀がぼそっと呟く。それを聞いた俺はふふッと笑う。
「なんか年寄りくさいよ」
「そうか?学生の頃は毎日が楽しくてあっという間に過ぎてたけど、大人になると仕事に追われて、楽しかったのかもわからないまま一年が終わるよな」
「そう言われてみれば、そうだね。でも、俺は毎年秀と過ごすのは楽しいよ。離れてた時は寂しかったけど、今もこうして一緒にいてくれる事に感謝してる。今年もよろしくね」
「急になんだよ?まぁ、俺も天音と過ごすのが、もう俺の日常の一部になってるからな。仕事ばっかで昔ほど一緒にはいれないけど、会えば楽しいもんな。なぁ、俺達って親友を超えて、もはや兄弟じゃね?」
「ふふっ、何それ?じゃあ、兄貴は俺だね」
「何言ってるんだ?どう見ても俺だろ?」
「秀はいざと言うときは凄く頼りになるけど、普段は子供っぽいもん。俺が兄貴です」
俺の言葉にそんな事ないと不貞腐れながら答える秀を見て、俺は声を出して笑った。
順番が回ってきて、俺と秀は賽銭を投げる。
もうだいぶ前から俺と秀の願いは一つだけだ。
(今年も精一杯頑張ります。だから、どうか貴志が無事で、元気に過ごしてますように・・・)
神社から出ると、数人の男達が寄ってくるのが見えた。
「天音!秀!」
その声の持ち主は、高校の同級生達だった。数人の中に見覚えはあるが、親しくなかった人達もいる。久しぶりと言いながらたわいもない話をしていると、その中の1人が俺に声をかけてくる。
「お前、結婚はまだなのか?」
その問いかけに俺は苦笑いする。
「昔、あんなに騒がれたのに婚約したって話も聞かないからさ。あれからもう6年だろ?破談になったのか?」
「えっ!?玉の輿逃したのか?」
心無い言葉をかけながら笑う男達に何も言い返せず、俺は黙ったまま俯いていると秀が口を開いた。
「天音と俺の親友は未だにラブラブだ。なんてったって運命の番だからな。お前達今の内に天音に媚を売っとけ。あいつが修行を終えて戻ってきたら、天音は高嶺の花だぞ?まぁ、今の時点で減点だがな」
秀はひねくるようにそう言うとニヤリと笑う。
「何が高嶺の花だ。こいつ劣性オメガなんだろ?飽きられたか、うまくいってもせいぜい愛人止まりだ。子供だって産めるかわからないからな」
食ってかかる男に、親しかった同級生がやめろと声をかけるが、秀がまた間に入り口を開く。
「俺の親友はそんな事はしない。あいつの事を知りもしないくせに勝手に2人の気持ちを決めるんじゃねぇ」
怒りの混じった声に周りがたじろぐ。俺は慌てて秀にやめてと声をかける。
それから、顔を上げてしっかりとした口調で答えた。
「俺も彼も互いに想いあっている。周りがどう言おうが、俺達は番になるよ」
そう言った俺の頭を、よく言ったとばかりに秀が頭を撫でる。
それから、俺達はその場を後にした。
帰り道を歩きながら、俺は涙が溢れて止まらなかった。
秀は何も言わずに隣を歩き、たまに頭を撫でてくれる。
「寂しい時はいつでも俺が遊んでやる。泣きたい時は泣け。でも、信じる気持ちだけは流すんじゃないぞ」
秀の言葉に俺は何度も頷いた。
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