第28話 途切れた時間
あれから直接会う事なく、貴志は日本を発った。
貴志の予想通り、その様子は空港で待ち構えた記者達によって報道された。
元々南條カンパニーの極優性アルファ後継者として注目を浴びていたが、それに俺との関係が上乗せされ、想像以上に世間を賑わせていた。
飛行機に乗る前、貴志は行ってきますとだけ連絡をくれた。
飛び立ってしばらくは向こうでの生活で慌ただしかったのか、一週間ほど連絡が取れずにいたが、その後は貴志が俺に合わせるように時間を作っては、こまめに連絡をくれていた。
その優しさが嬉しかった。
予定通り2月には編入を済ませ、学業は大変な様だったが、持ち前の優秀さが発揮してか問題なく日々を過ごしているようだった。
俺も無事高校を卒業し、家の近くの花屋にバイトする事ができた。
何もかも劣る劣性オメガの俺は、貴志みたいにそつなくこなす事は出来なかったが、バイト先の人達に恵まれ、資格を取るための勉強は母が一緒にやる事で支えられていた。
貴志が12歳の誕生日を迎え、卒業まで一年を切った頃、貴志は初めてのラットを迎えた。
一緒に付いて行った岬さんが定期的に連絡をくれていたが、貴志とは連絡が取れない状態が続いた。
少し時間がかかっても、すぐに乗り越えられるだろうと思っていたラットは、想像以上に貴志を苦しめた。
極優性アルファで、他のアルファよりフェロモンが強い。
そして、本来なら15、16で発情するラットは、12歳という小さな体の貴志にはあの熱を持て余す事しか出来ず、体力を奪われ、入院を長引かせた。
側に行きたいと懇願するも、来た事で最悪な状態になってしまっては、今までの努力が水の泡になると岬さんに諭され、ただ泣くしかなかった。
毎日が不安に押し潰されそうになるのを、家族と秀に支えられ何とか平常を取り戻していた。
岬さんから連絡は来るものの、連絡が途絶えて一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、半年が過ぎた。
その間、貴志はやむ終えなく休学という処置を取った。
遅くきた俺の発情と一緒で、周期が定まらなかったからだ。
それから、卒業予定の期間が過ぎ、岬さんからは退院した事、大学に復帰した事は伝えられていたが、貴志から連絡が来る事はなかった。
そうして、貴志が日本を発って5年が経とうとしていた。
「天音!」
俺の名前を呼びながら秀がニコニコと、駆け寄ってくる。
「秀!仕事は終わったの?」
「あぁ。今日は定時で上がれたんだ。だから、たまには天音と飯食いに行こうかと思って来てみた」
秀は腹減ったとばかりに、お腹をさすりながら早く行こうと催促する。
俺は苦笑いしながら、店のシャッターを下ろす。
「もう少し待って。ここ鍵閉めたら終わりだから。ご飯はどこで食べるの?」
「新しいラーメン屋が出来たの、知ってるか?そこに行こうぜ」
そう話す秀に俺はいいねと笑顔で返す。そして、すべてのシャッターを下ろし終えて、鍵をかけていく。
「お待たせ。それにしても秀が定時に帰れるなんて、珍しいね」
「俺もそう思う。まぁ、今は納期が迫っている物がないから楽なんだよ」
「そっか。頑張ってるんだね」
「おう。好きで選んだ道だからな。それに、適当な事してあいつの顔を潰したくない」
秀はニカっと笑いながら、俺の腕を組んで早く行こうと歩き出した。
貴志は日本を発つ前に、秀の就職先を約束通り手配していた。
連絡が途絶えていたから、その話は無くなったのかと思っていたが、就活の時期に相手先からオファーが来た。
まだ、小さな会社ではあったが、秀が希望してた通りの会社だったらしく、すぐに就職を決めた。
そこの会社は自社でもゲームアプリ等を作りながら、他社ゲームや映像のグラフィックも依頼作成していた。それは以前、貴志がまだ連絡取れている時に秀が相談していた内容だった。
専門学校に入った秀は、入学当初はゲームのプログラミング作成だけを注目していたが、グラフィックやCGにも興味を持ち始め、学科を変えようか悩んでいた。
だが、貴志がグラフィックやCGは独学でも、仕事先でも教えてもらえるが、基礎はプログラミングを通してじゃないと学べないと言われ、選んだ学科を学びながら、学校から紹介される短期的なバイトにCGやグラフィックを選び、同時進行で学んでいた。
そして、貴志はそんな秀の事を考えて、今の会社を探していてくれた。
「はぁ・・・うまかった」
満足げな顔でそう呟く秀に、歩きながらうんうんと頷く。
ほんの少し沈黙が続いた後、秀がためらうように口を開く。
「なぁ、天音。まだ、連絡来ないのか?」
俺は少し困った表情を浮かべ、小さく頷いた。
「俺のところにも連絡ない。はぁ、薄情だよな。俺達がこんなに心配してるってのに、メール一本も寄越さないなんて」
ため息を吐くように秀が溢す。俺は少し俯いたあと、顔を上げ、笑顔を溢した。
「俺、信じて待ってるって言ったんだ。だから、これからも待ってる。秀も信じて待っててあげて」
そう言う俺に、秀はニカっと笑ってそうだなと返し、俺の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
「お前は恋人で、俺は親友。信じて待つしかないよな」
「いつから親友になったの?」
「最初からだ。俺は貴志の初めての友達で、親友だ」
自信満々に言う秀に、俺はたまらず吹き出して声を出して笑った。
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