第27話 待ってる

年が明け、三ヶ日が終わった頃、俺は退院できる事になった。

身の回りの物を片付けながら、携帯から貴志へ退院の連絡をする。

そして、バックに服を荷物を詰め終わった頃、貴志からもらったマフラーを首に巻く。

それは、貴志が使っていた物で、元旦の夜に来た時に病室でも寒いだろうと貴志が着けていたマフラーを、母伝にくれた。

二日経ってもまだ香る貴志の匂いに包まれ、俺は安心すると同時にぎゅっとマフラーの端を握る。

会いたさが募る。

何より、小さな手で俺の手を握ってくれるあの温もりが恋しい。

フェロモンを感じない時でも愛しかったのに、感じるようになってからはより一層愛おしさが増してくる。

会いたい・・・・。



退院してから一週間が過ぎた。

貴志が話してくれたように、俺達は一切接触が絶たれていた。

避難していた貴志の家には戻る事なく、まだチラホラと記者が囲む自分の家へと戻っていた。

それでも貴志が手配してくれたのか、家の周りには監視カメラが設置され、出かける時にはボディガードのようなスーツ姿の男が1人付いてくるようになった。

母達はすっかり慣れたと言っていたが、俺はなかなか慣れずにいた。

秀は有名人になった気分だと喜んでいたが、明日には学校が始まる。

いくら貴志からの配慮とはいえ、たださえ学校で噂になっているかもしれないのに、これでは目立ち過ぎる。

無論、校内までは入っては来ないだろうが、絶対に目立つ!

その事で憂鬱になりながらも、夜が来て貴志からビデオ通話が入り、嬉しくて笑顔が溢れる。

「こんばんは。貴志くん」

「あぁ。こんばんは。今日も元気にしていたか?」

画面の向こう側で貴志が優しく微笑む。俺も釣られて満面の笑みを浮かべる。

「うん。まだ、付き添いの人には慣れないけど、学校も始まれば大丈夫だと思う」

「すまない。目立つ事は極力避けたいのだが、身の安全が優先だ。彼らはベータの中でも優秀だ。だから、天音が突然発情しても対応ができるはずだ」

「ベータなんだ!身のこなしが凄いからアルファかと思った」

「まぁ、中にはアルファもいるが、天音に近づけたくない。今は周期が安定しているとはいえ、まだ俺達は番契約をしていない。だから、突然発情が来た時、側にアルファがいたら危険だ。天音は俺のオメガだ。誰にも触れさせないし、傷付いてほしくない」

「貴志くん・・・俺も貴志くんじゃなきゃ、嫌だ」

「わかっている。大好きだ、天音」

「俺も大好きだよ」

甘い雰囲気に、互いに見つめ合いながらも照れたように微笑み合う。

「触れれないのは残念だが、これはこれで良かったのかもしれないな」

「どうして?」

「俺がムラムラするからだ。こんな甘ったるい雰囲気、襲ってくれって言ってるようなもんだろう?」

「な、何言ってるの?」

俺は顔を赤らめながら少し怒ったような仕草を見せると、貴志は声を出して笑う。

「天音は俺の隣にいたとして、こんな愛を囁き合ってるのに触れたいと思わないのか?」

「・・・・隣にいたらなると思う」

「そうだろう?まだ幼い俺でさえ、天音に欲情する。それに、天音のフェロモンは絶品だ。これに甘ったるい雰囲気が加わったら・・・わかるだろ?」

揶揄うように見てくる貴志に、俺は更に顔を赤らめる。

ひとしきり笑った後、貴志が画面に向けて手を差し伸べてくる。

俺もその手にそっと自分の手を重ねる。

「天音、発つ日が決まった」

「・・・・・・」

「明日で今の学校の手続きが終わる。時期的には入学の時期ではないが、向こうに南條カンパニーの支社がある。そこを手伝いながら、早めにそこでの生活に慣れる事になった」

「・・・・・・」

「まぁ、大学は入学というか編入という形になる。その為の試験もクリアした。

だから、2月には大学に入れるだろう。・・・・天音」

優しい声で名前を呼ばれ、俺はいつの間にか俯いていた顔を上げる。

「本当は発つ前に会いたいのだが、それもままならないようだ。明後日、俺は日本を発つ。きっと出国するまでは、記者も張っているはずだ。だから、いつもの様に画面越しでしばしの別れだ」

「・・・・うん」

「天音、今は泣いてても構わない。だが、明後日の朝、連絡するからその時は笑っててくれるか?」

「うん・・・・貴志くん、俺、勉強だけに目を向けてって言ったけど、たまには息抜きとかして、体を休めてね。病気とかに気をつけて、怪我もしないように注意して、貴志くんも笑って過ごして欲しい。俺、ここで待ってる」

「あぁ。天音の言う事をちゃんと守る。天音も元気で笑っててほしい。天音、愛してる・・・」

「俺も愛してます・・・」

笑みを浮かべているが、俺はなかなか涙が止まらず、貴志が心配そうに見つめる。

俺は必死に涙が引っ込む事を願いながら、言葉を繋いでいく。

2人の時間を涙で無駄にしたくない。

そう思いながら、一所懸命貴志へと言葉を発していた。

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