第26話 待ってて
あれから貴志は約束通り毎日会いに来てくれた。
幸い分厚い窓越しではフェロモンを感じず、お互いに窓を挟んで少しの間、会話を楽しんでいた。
そして、それとは別に俺は高校の単位を補う為に、秀が持ってくる宿題や課題を病室で必死にこなしていた。
貴志のフェロモンに影響はされなかったが、俺の遅れた発情期はなかなか周期が定まる事はなく、一日で治ったかと思えば、三日後には強めが来て続いたり、1、2週間間が空くこともあった。
毎日があっという間に過ぎ、秋だった季節が終わり、いつの間にか外は雪が降るほど寒い冬が訪れていた。
10月末に入院したのに12月に入っても、なかなか退院ができず、俺は自然と焦り出した。何故なら、冬が終われば貴志とは数年会えなくなる。
退院が認められなければ、このまま触れ合う事もできずに別れが来てしまう。
その事が俺の胸を苦しめ、焦る気持ちが治らなかった。
クリスマスが過ぎ、あっという間に年末になった。
その日の夜も、貴志は会いに来てくれていた。
俺はそれが嬉しくて、窓の近くに座り、笑みを溢しながら夢中になっておしゃべりをした。
「貴志くん、今日ね、発情がだいぶ落ち着いたから、このまま何もなければ年明けには退院できるって先生が言ってたんだ。もうすぐ、窓なしでも会えるよ」
俺の嬉しそうな表情とは裏腹に、貴志の表情に曇りが見える。
その表情が無性に不安を煽り立て、どうしたのかと尋ねると、貴志が重い口を開く。
「天音、すまない」
その言葉に鼓動が大きく跳ねる。言葉を詰まらせる俺に、貴志が言葉を繋ぐ。
「あの騒ぎは収集ついたんだが、天音が入院した事がまたどこからか漏れて、少し騒ぎになっている。もちろん、俺とは接触はしてない事と、天音は安全な環境で治療を受けている事はすぐに回答を出したが、それでも俺の年齢が引っかかって、天音が退院しても接触は一切絶たれる」
「そ、そんな・・・」
「それで、両親と話して少し早めに留学へ行くことになった。その方が天音にとってもいい事だと判断したんだ。どの道、予定通り発つとしても、天音と会うことは叶わない。それなら、一分一秒でも早く発ち、学業を終えて堂々と天音に会える状況を作った方が得策だと思ったんだ」
貴志が話す言葉が、頭の中で処理できず、俺はただ茫然と貴志を見つめる。
「退院するまで、可能な限り会いに来る。だが、俺が発つ日に天音の退院は間に合わないかもしれない」
そこまで言われようやく俺の頭は追いつく。そして、寂しさから涙が溢れ出す。
「天音、泣かないでくれ。ほんの少し、ほんの少しだけ会えないだけだ。それでも毎日電話するし、互いに顔が見れるように対策はしていく。俺も本当は寂しくてたまらない。だが、どうしても俺の年齢が邪魔をする。今のままではダメなんだ。俺は天音に見合う男になって帰ってくる。真っ先に天音に会いに来る。それまで、待ってて欲しい」
頭では貴志の言葉が、正論だと、俺の為だと理解しているのだけど、胸が苦しくてたまらない。俺は無意識に胸元の服を握りしめると、言葉を発する事なく泣き続けた。
「天音、泣かないでくれ。俺が発つまでそんなに時間はない。だから、残りの僅かな時間を天音の笑顔で頭の中の記憶を埋めたいんだ。天音の泣き顔も可愛らしいが、心が痛む。それに、天音には笑顔が一番似合う。どうか、俺に微笑んでくれないか?」
切なそうにそう語りかける貴志に、俺はゆっくりと顔をあげる。
「・・・貴志くん、大好きだよ。俺の事忘れちゃダメだよ。ずっと俺を好きでいてくれなきゃダメだからね。浮気したら許さないからね」
「浮気などしない。俺には天音が世界一可愛くて仕方ないんだ。他のどんな人より天音が一番可愛いくて、綺麗で、尊い。俺の運命の番。俺のオメガ。俺の心を捕まえて離さない俺の愛おしい人。必ず迎えに来る。だから、天音も俺だけを想って待っててくれ」
「うん・・・うん・・・約束だよ?向こうに行ったら、勉強だけに目を向けて、一日でも早く迎えに来て。俺、待ってるから。ずっと貴志くんを想って待ってるから」
「あぁ。約束だ。4年・・・いや、3年だけ待っててくれ。そしたら日本に帰ってくる。その頃には、俺の初めのラットも終えて安定しているはずだ。もちろん、天音も・・・。帰ってきてもまだ俺は13だが、正式に互いの両親の承諾の元、婚約者になれば、今まで通り会える。その頃には秀も卒業して、地元に戻ると言っていた。俺が16になるまでは、また秀が間に入ってくれると言ってくれたんだ。だから、3年だけ待っててくれ」
「秀・・・そんな事言ってたの?」
「あぁ。俺がいない間も天音が落ち込まないように慰めてやるって。お礼に俺が就職先を紹介してやると約束しているから、そこはしっかり甘えておけ」
笑みを浮かべながらそう話す貴志に、俺も釣られて笑みを返す。
「俺、待ってる。俺も頑張って夢叶える。もう大丈夫だよ」
そう言って俺は満面の笑みを浮かべた。
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