第25話 会いたい
どのくらい時間が経ったのか、俺は意識を取り戻す。
周りには何故か貴志の小さな服が散らばっていて、その数枚は汚れていた。
その汚れに俺は顔が熱くなるのがわかる。
それは、俺が出した精だとわかるからだ。俺は発情した。
薬を打ってもそれは落ち着かなかった。
だから、貴志の服がここにあり、俺はその匂いで発散した。
状況が全てを物語る。
そこに、マスクをした看護師が入ってきてにこりと微笑む。
「天音さん、気分はどうですか?少し落ち着きましたか?」
そう言いながらベットの脇に来ると、ナースコールから俺が目覚めた事を伝える。
俺は羞恥心から、周りにある貴志の服を無意識にかき寄せ、胸に抱き抱える。
しばらくすると、医者と母親が入ってきた。
母は涙ながらに俺の側に来て、辛かったわねと頭を撫でてくれた。
医者の話では、何らかの原因で発情が起こり、今まで遅れていた分、抑制剤がなかなか効かず、強い反応が出て二週間もまともな状態ではなかったと告げられた。
その間、貴志が毎日見舞いに来ていたと母から聞かされる。
「病室に入れなかったけど、いつも窓から心配そうに見ていたわ」
「・・・貴志・・くんに、見られたの?」
震える声でそう尋ねると、母は首を振り、天音が落ち着いて寝ている時だけ面会に来ていたと返事をした。
「発情は仕方ないとは言え、恥ずかしい事ではないわ。いずれ愛する人と結ばれ、その人の子をもつための準備だと思えばいいの」
母はそう言いながら、優しく何度も頭を撫でる。俺は自然と涙が溢れ、貴志の服をギュッと抱きしめた。
「貴志くんに会いたい・・・」
そう呟いた俺に、医者が小さく首を振る。
「きっかけがなんであれ、君が貴志くんのフェロモンに反応したのは確かだ。そして、君は普通のオメガと違い、だいぶ遅れて発情を迎えた。それは、安定するまで時間がかかるという事だ。まだ、君のその強い発情に合う抑制剤も見つかっていない。だから、その間は貴志くんと接触するのは危険だ。一度、窓を挟んでどのくらいの接触が可能か、どのくらいの反応が出るのか試してみないといけないが、今はとにかく体を休めるのが先だ。君は普通のオメガが一週間で終えるはずの発情が二週間も続いたんだ。体力的にも弱っている」
医者からそう告げられ、目の前が真っ暗になる。
それと同時に会えない寂しさが押し寄せ、涙が止まらなくなる。
その内、嗚咽から過呼吸になり、また俺はそのまま意識を手放した。
しばらくして目を覚ますと、どことなく懐かしい匂いに顔を向けると、そこに貴志の姿があった。
窓越しにマスクをした貴志が微笑みながら手を振る。
俺はフラフラと立ち上がりながら、ダメだと言うように首を振る貴志の元へ歩み寄る。
そして、その場に座り込み窓にそっと手を置く。
「会いたかった。貴志くん、俺、怖いし寂しい。貴志くんに触れたい」
いつの間にか涙を流し、縋るように貴志を見つめる俺に、貴志はマスクをずらし、少し屈んで俺の手にそっと手を重ねる。
「俺も会いたかった。天音に触れれなくて俺も寂しい。でも、きっとその内、天音の体も安定して触れ合える時が来る。だから、頑張れ。俺も毎日必ず会いにくる」
俺を励ますようにそう声をかける貴志に、俺は何度も頷きながら貴志の手を摩る。
「俺、寂しいけど、嬉しいんだ」
俺の言葉に、貴志は眉を顰める。
「だって、俺は貴志くんに反応して発情が来たんだよ。それって、貴志くんが言ってた運命の相手だからでしょ?だから、俺は嬉しい。貴志くんを運命の番として感じ取れた事が嬉しいんだ」
そう言って微笑む俺に、貴志も目を潤ませ微笑む。
「あぁ。俺達は運命の番だ。天音はこの世にたった1人の俺の、俺だけのオメガだ。愛している、天音」
「僕も愛してるよ。俺だけの小さくてかっこいいアルファ。大好きだよ」
言葉を返す俺に、貴志がふふッと笑う。
「小さいは余計だな。天音の背丈など、すぐに追い越す。かっこいい天音のアルファになる。その時まで待っててくれるか?」
「うん。待ってる。俺だけのかっこいいアルファ。早く俺を迎えにきて」
分厚い窓を挟みながら、俺達は笑い合った。
それから少しだけたわいの無い話をして、今日はもう休めと貴志に促され、俺はベットへと戻る。
「天音が寝付くまでここにいるから、安心して目を閉じるんだ。あぁ、新しい俺の服は明日にでも持って来る。今日はそれを抱いて眠るんだ」
貴志の言葉に俺は頷きながら、そばにあった貴志の服を引っ張り、胸に抱き寄せる。そして、その服の匂いに包まれながら、俺は目を閉じた。
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