第31話 愛しい人
11月5日、今日は待ちに待ったオープンの日。
日付としては中途半端な日だったが、今日は両親の結婚記念日でもあった。
俺の夢が叶うと同時に、母の願いが叶う日であった今日、準備が終えた日も近かったのもあり、記念日である日に母の再出発という意味で今日に決めた。
いつもなら、結婚記念日の日は両親が付き合い始めた日だとかで、告白した時の話と惚気話を聞いているが、今年は違う。
今日は父も秀も休みを取ってくれて、皆が総出で店先に立った。
秀がチラシを配り、俺と母とで花を包む。その間、父は客の相手だ。
ご近所の人や、世話になった業者の人達が来てくれたおかげで、開店初日は慌ただしく終わった。
少しだけ早めに店仕舞いをし、俺は隠していた花束とディナー券を両親に手渡す。
「今までありがとう。今日は疲れてるだろうけど、先に上がって2人で食事してきて。これからもよろしくお願いします」
俺は2人に頭を下げながら言葉をかけると、嬉しそうな笑顔を浮かべ、2人は二階へと上がっていく。
俺と秀は近くの居酒屋で打ち上げしようといいながら、付けていたエプロンを外す。
すると、カランと鈴の音を鳴らし、誰かが店に入ってきた。
秀が慌てて閉店ですと声をかけながら、入り口へ駆け寄っていく。
その後を俺も追いかけながら、入り口で呆然と立ち尽くす秀を見つける。
どうしたのかと入ってきた客を見た瞬間、体が固まる。
見上げるほど伸びた背丈、短めの髪に整った顔立ち、そしてどこか幼い面影を残すその顔に息を呑む。
「すまない。まだ空いていると思っていた」
聞き慣れない低い声。だが、口調は変わらないままだ。
「お、前・・・貴志か?」
178もある秀でさえ見上げるその姿に、俺達はただ茫然と視線を向ける。
「ずっと連絡できなくてすまなかった。天音、秀、ただいま」
その言葉に秀が貴志に向かって拳を上げる。殴られた貴志はよろめきながらも、すぐに体を正し、深々と頭を下げ、またすまないと溢した。
俺は頭が状況に追いつかず、未だに呆然とその状況を見つめていた。
「お前っ!今まで何してた!?俺と天音がどれだけ心配してたか・・・いや、どれだけ天音を寂しがらせて、泣かせたと思ってるんだ!」
秀の怒鳴り声に、何事かと両親が降りてくる。
その足音に貴志が頭を上げ、両親の姿を見ると、今度は土下座をし始める。
「長い事、申し訳ございませんでした。息子さんにも秀にも、ご両親にも本当に申し訳ないと思っています。どれだけ責められようと全て受け入れます」
その姿に両親が慌てて立つように促す。
「おばさん、おじさん、ご飯行ってきなよ。俺と天音でこいつと話つけるから。俺が間にいれば安心だろ?まずは、天音と話しないと・・・」
秀にそう促され、両親は顔を見合わせた後、秀にお願いねと伝え家を出ていく。
残された俺達は無言のまま立ち尽くしていた。
すると、秀が口を開く。
「お前、時間あるよな?今日は忙しかったんだ。これから天音と食事する予定だった。お前も来い。食事してから話そう」
その提案に貴志は小さく頷き、俺の方へ顔を向ける。
悲しそうなその表情に、相変わらず訳がわからないと立ち尽くす俺は、何も言えず俯いた。
そんな俺を、行くぞと秀が手を引く。そして、その後を貴志が付いて来る。
後ろを歩いているのは、紛れもなく貴志だ。
あんなに会いてくて恋しかった相手なのに、俺は今の自分が感情がわからなかった。
嬉しいのか、泣きたいのか、それとも・・・怒りたいのか・・・
そんな俺を悟ってか、秀が小さな声で大丈夫だと囁く。
俺は小さく頷きながら、秀に手を引かれながら歩いた。
後ろに聞こえる力無い足音に耳を傾けながら・・・。
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