第5話 小さな紳士

あれから一ヶ月が経った。

貴志は週末の度に自宅に現れ、デートに誘ってくる。

お供には、秘書の「ミサキ」を連れ、俺のお供には毎回、秀が付き添う事になっていた。

初めてのデートは、豪勢なレストランで貸切ディナーに連れて行かれ、そのまま高級ホテルにお泊り。

プールにラウンジ、ジムまで備えたホテルに、終始喜んでいた秀と裏腹に俺は萎縮してしまう。

毎回、何もかもがスケールの違う豪勢なデートに行き、エスコートされればされるほど、貴志との格差を感じてしまう。

極め付けは、ずっと付いてくるSPの方々だ。

貴志自身も格闘の訓練はしているが、まだ、子供だ。

訓練では大人の男を想定した防衛も学ぶが、小さめの大人の男ではなく、子供と大人ではどうしても武の差が出てくる。その事を踏まえての安全対策だ。


「以前、誘拐された事があってな。それからは、訓練を受けている。南條カンパニーの後継となると仕方がない事だ」

そう言って微笑んでいた貴志は、しれっと俺や俺の家族、そして秀にまでSPを付けている事を告げた。

「俺の恋人だと知れれば、狙われる可能性がある。そして、その家族、大事な友もそれは対象になる可能性があるのだ。できれば天音は俺が守りたいのだが、学校が違うとなると、ずっと側にいる事は叶わない。なるべく生活に支障が出ないように潜めさせているから、そこは安心してくれ」

優しく微笑む貴志に対して、生死に関わるような不穏な動きに、俺はかなり引いてしまった。


デートの帰り道、いつもなら車で送ってもらうが、今日は家の近くの公園で降ろしてもらう。

この公園で毎年恒例の祭りがあるからだ。

30分ほどで一周できる程の小さな公園だが、所狭しと屋台が並び、家族連れや友達同士が集まって、結構賑やかな祭りになる。

「俺、イカ焼き買ってくる」

そう言って走り出した秀の後ろ姿を見つめながら、まだ食べるのかと俺は苦笑いをする。

「天音は毎年ここに来ているのか?」

「はい。この祭りは夏の始まりを告げる祭りでもあるんです。昔から秀と毎年遊びに来てるんです。だから、今日もどうしてもここに来たくて・・・」

「そうか・・・俺は祭りは初めてだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。俺が行く先は限定されるからな」

そう話す貴志の表情は、楽しそうでもあり、どこか少し寂しそうでもあった。

ふと貴志の話を思い出す。

いずれ紹介をすると言っていた両親とは不仲ではないが、それぞれが忙しく、自分自身もまた後継者としての教育で多忙だったので、家族として過ごした事があまりないと言っていた。

だから、俺の家や家族が暖かくて好きだと言っていた。

それに、四六時中監視ではないがSPがついている状態では、こういった庶民的な所へは行けないだろう。

それは警護が難しくなる・・すなわち、貴志の身がそれだけ危険に晒されるという事だ。その事実が、子供らしい時間を過ごしてこなかった貴志を描かせる。

俺は貴志の手を取り、ニコッと微笑む。

「なら、今日は初体験ですね。これ位の規模ならSPさん達の邪魔にはならないと思いますし、俺と一緒に楽しみませんか?豪華ではないですが、祭りは一般的なデートの定番です。だから、今は俺がエスコートします」

「・・・一般的なデートの定番か。そうだな。天音がそうやって微笑む場所もいいかもな」

「えっ!?」

「いつも俺が連れて行く場所は、緊張しているのか笑顔もぎこちないからな。次からはこう言うのも調べてみる。なるべく天音の目線で、天音の思い出に触れ、天音を笑顔にしてやりたい」

そう言って貴志は繋がれた手にキスをする。

急な仕草に俺は顔が熱くなるのを感じる。

貴志は姿は子供であるけど、中身は紳士だ。決して俺の嫌がる事はせず、それでいて俺をまっすぐに見てくれる。

一つ一つの仕草や言葉が、俺をときめかせる。


「天音っ!毎年恒例の射的勝負をしようぜ」

イカ焼きを咥えながら秀が戻ってくると、俺は我に返りそうだねと返す。

それから貴志の手を引き、人混みへと入っていく。

射的場では俺と秀が白熱するも、景品をゲットできず、俺がやろうと貴志が身を乗り出す。だが、背丈が足りず、後ろから静かについて来ていた岬が店主に何かを耳打ちし踏み台を用意させる。

その踏み台を貴志は不満そうに見つめるが、ささっと乗ると銃を構える。

ふと俺に顔を向け、にこりと笑う。

「天音、どれが欲しい?」

「え・・?あ・・じゃあ、あのクマが欲しいです」

そう言って、さっきまで苦戦していた小さなクマのぬいぐるみを指差す。

それを見た貴志は可愛いなと呟き、クマへと視線を戻し、引き金を引くと一発で撃ち落とす。店主が金を鳴らし景品を渡すと、貴志はそのまま俺にクマを渡した。

「天音、褒美をくれないか?」

「え?」

「ちょうど目線が一緒だからな」

貴志は微笑みながらそう言うと、俺の頬にキスをした。

突然の事で呆けている俺の頭を撫で、また可愛いなと呟き、微笑む。

俺はその笑顔に胸がギュッと鷲掴みされた感覚になり、片手で胸元の服を掴む。

そんな俺を他所に、側にいた秀がやり方を教えてくれと貴志にねだり、2人で射的を楽しみ始めた。

俺は高鳴る鼓動を落ち着かせようと、掴んだ手を緩め胸を撫でる。

やばい・・・このままでは、俺は犯罪者になってしまう・・・

その言葉が頭をよぎるが、何故か打ち鳴らす鼓動はどこか暖かった。

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