第6話 遊園地デート
「えっと・・・これは・・・?」
「一般的なデートの定番には遊園地もあるのだろう?」
貴志がそう言うと、秀は最高!と叫びながら走り出していく。
そう、今日は遊園地デートだ。
夏休みに入る前の週末、貴志から連絡をもらい決まったのだが、ずっとあんな人混みに行って大丈夫なんだろうかと心配していた。
だが、静まり返った遊園地を見て、ただの杞憂だった事を思い知る。
そう、遊園地ごと貸し切っていたのだ。
「人が多いとSPの護衛の目が行き届かなくなる。それでは、天音達の身に危険が及ぶ。それだけは避けたい。なに、今日は休館日だ。夏休みは休館なしで運営するから、その前に休みを取るそうだ。だが、ここを動かしてくれる人がいないと困るから、出てくれる従業員には俺から給料を奮発して出すと申し出たら、来てくれたのだ。さぁ、思い切り楽しもう」
貴志は微笑みながら俺に手を差し伸べるが、俺は顔がひきつったまま苦笑いをする。すると、秀が戻って来て嬉しそうに声をかけてくる。
「天音!お言葉に甘えて楽しもうぜ!俺達も遊園地なんて久しぶりだろ?それに、夏休みが終わればこんな所に来る機会なんてなくなるぞ?」
秀の言葉にそうか・・と納得してしまう。
俺達は高校3年生だ。
本来なら夏休みも惜しいくらい受験勉強をしなくてはいけない。
そうなると、こうやって秀と出かける事も少なくなる。それは、貴志と会うのも難しいという事を意味していた。
その事に何故か胸がちくんと痛む。
その理由が何なのかわからずにいたが、きっと毎週末会うようになっていたから、情が湧いて少しだけ寂しいだけだと自分に言い訳する。
「天音、俺をエスコートしてくれないのか?」
いつまでも握ってくれない手を差し伸べたまま、貴志がほんの少し寂しそうに見つめてくる。
俺は軽くため息をついてから、ニコッと微笑み、貴志の手を取った。
「貴志くん、遊園地といえば何だと思う?」
俺の問いに隣にいた秀が元気よく答える。
「もちろん、絶叫系!」
その答えに貴志はきょとんとするが、それは初体験だと微笑み直すと、俺の手をぎゅうっと握り、秀に誘うわれるまま俺の手を引いて着いて行った。
「次、行くぞ」
貴志の言葉に、秀がイエッサーと返事をする。
だが、俺はヘトヘトになって、ベンチに座り込んでしまう。
初体験のジェットコースターが余程気に入ったのか、連続で2回乗った上に、別の絶叫系を2個ハシゴした。
それでも、尚、意気揚々と次の絶叫系を目指そうとする。
「俺、ここで休んでるから2人で行ってきて」
俺の力ない言葉に、慌てて貴志が目の前で膝をつく。
「すまない、天音。思わぬ刺激が想像以上に楽しくて、具合が悪い天音に気付かずにいた。俺も少し休もう」
「あ、じゃあ俺、何か飲み物を買ってくる」
秀はそう言って自販機の方へと走って行った。
「大丈夫か?少し横になるか?俺の膝を枕にするといい」
貴志は自分の膝を叩きながら微笑む。これは、膝枕をしてやると言っているのだろうか・・・?
俺より小さな体で、余裕な表情を見せ、膝を叩いている貴志の姿につい吹き出してしまう。
「大丈夫ですよ。きっと俺が寝たら重くて足、痺れちゃいます」
「わかってないな、天音。俺は伊達に鍛えていない。愛しい人が具合が悪いのに、膝くらい耐えれないのは男として廃る」
「本当に大丈夫です。逆に貴志くんが膝枕してみますか?いくら楽しくても少し休まないと・・いつも忙しいんですから」
俺はそう言って自分の膝を叩く。貴志はふむっと考え込んだ後、躊躇わずに俺の膝に頭を乗せて寝転ぶ。
「いいもんんだな、これは。これも俺は初体験だ」
「え!?そうなんですか?」
「あぁ。物心がつく頃には既に両親は家にいなくてな。使用人達が俺の面倒を見てはくれていたが、使用人に家の主が甘えるのはいけない気がして、一度もやってもらった事がない」
「そうだったんですね・・・貴志くん、目を閉じて見てください」
貴志は一瞬何故?というような表情をしていたが、俺に促されるまま目を閉じる。
俺はそっと貴志の髪を撫でた。
貴志は一瞬体をビクつかせたが、心地よいのか俺にされるがままに大人しく髪を撫でられる。
「どうですか?心地いいでしょう?」
「そうだな・・・不思議なくらい、心が穏やかになる」
「時にはこうやって誰かに甘えて、心穏やかにするのも大事な事ですよ」
「あぁ・・・その誰かが、天音だったら俺は嬉しい」
貴志の言葉に一瞬ドキリとして、手が止まる。
すると、貴志はゆっくりと目を開け、俺を見つめながら撫でていた俺の手を取ると、その手にキスをする。
「俺の側で、こうした時間を一緒に作って欲しい」
真っ直ぐに俺を捉える目に、俺はしばらくの間、囚われてしまった。
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