第3話 結婚の申し込み
少年は驚くほどに教え方が上手かった。それ以前に小学生が高3の問題を難なく解いている事に驚く。
一つ一つ丁寧に、俺にわかりやすく説明してくたおかげで、すぐに全ての問題を解き終わり、終わった頃には天才になった気分になり笑みが溢れる。
それを見た少年は可愛いなと微笑みながら、俺の頭を撫でる。
一々、俺をドキリとさせる仕草に俺は戸惑っていた。
下で話そうと言われ、秀と階段を降りていくと、ダイニングにはいつもより早く帰宅していた父と母が黒尽くめの男と話していた。
俺と秀は両親の隣に腰を下ろす。
すかさず少年が、持ってきたバラをまた俺に差し出す。
それを俺が受け取ると、自分も腰を下ろし、話を始めた。
「改めて紹介させていただきます。私は南條カンパニーの次期跡取りで、南條貴志と言います。お父様、お母様、本日は息子さんの天音さんに結婚の申し込みをしに来ました」
悠長に話す貴志の言葉に俺は口を開けたまま、言葉を発せず固まる。
「私はすでにアルファと診断されていまして、現在、飛び級でアルファ専門の高校に通っています。来年には留学をし、向こうの大学に通いますが、2、3年後には日本に帰ってくる予定です。ですので、本日は婚約という形を取らせて頂ければと思っています」
「あ、あの・・・先ほど隣の方から話は伺いましたが、18である息子と貴方では、まだ婚約とか、結婚とかはまだ早いのでは・・・?」
辿々しく言葉を繋げる父親に、少年はにこりと微笑む。
「ご両親と天音さんが杞憂している事はわかります。私はまだ10歳ではありますが、次期後継者として全ての事に対して徹底した教育を受けてきました。ですので、年齢以外は問題ないかと・・・」
その言葉に俺はつい声をあげる。
「いや、問題ありまくりだろ!年が離れ過ぎだ!運命だ何だという前に、君と俺では法に触れる年齢じゃないか!」
「なるほど・・・確かに、あと2年すれば天音は成人を迎えるから、未成年である俺とは法に触れるな。だが、親公認の婚約者となればまた別だ。それに、アルファは全ての学問をクリアすると、特別に国から16での結婚を認められる。
知っての通り、アルファは貴重な子種をより多く残す義務がある。その為にも、こういった特別な待遇が得られる。
だが、それは全ての学問と教育を終えた者だけの特権だ。だからこそ、今は婚約という形をとり、結婚は俺が16になってから迎えたい」
少しも怯む事なく俺をまっすぐに見つめ、言葉を発する貴志に俺は囚われる。
「あ、あのさ、君の気持ちはわかったけど、天音の気持ちはどうなるんだ?
君は初めて会った時、天音を口説くと言っていたけど、これは天音の気持ちを無視することになるんじゃないの?」
黙り込んでしまった俺と両親の代わりに秀が口を開く。貴志は秀の言葉にふむっと言葉を漏らして考え込む。それを見た秀はまた言葉を繋げる。
「それに、君もまだ完全にフェロモンを出す事ができない年齢だ。教育を受けているから、突然最初のラットが来てもコントロールできるだろうが、もし、それに触発されて天音が発情したらどう責任を取るつもりだ?それでこそ、天音が暴走したら天音はたちまち犯罪者だ。
俺はベータだからフェロモンとかわからないけど、君が言う運命の番なら、いつか天音はそれに反応するはずだ。天音は劣性でまだ発情期がない。オメガの発情期はいくら抑制剤が万能でもキツいものだ。それに、天音にその抑制剤が効くとも限らない。安易に君がこうして縛り付けて近寄るのは、天音にとっていい事なのか?」
秀の言葉に誰もが口を閉ざす。
しばらく沈黙が続いた後、貴志が静かに口を開いた。
「君の話は理解した。確かにこれは天音の気持ちを無視した、俺の軽率な行動だった。それは素直に認める。すまなかった。だが、俺は天音を見つけた時から天音が頭から離れない。天音は紛れもなく俺の運命の番だ。誰にも渡したくない。
心の底から天音が欲しいと思っている。それは体だけではなく、心も全てだ。
それだけは忘れないで欲しい」
貴志は、俺をまっすぐに見つめながらそう告げる。
「留学までまだ時間がある。それまで、俺を避けずに向き合ってくれないか?秀くんの言った事は俺の方でもきちんと対策を練る。だから、俺を避けないでチャンスをくれ。必ず君を射止める」
その言葉に俺は少し顔が赤らむのがわかる。
それから両親の提案で、婚約を前提にお付き合いをし、会う時は2人きりは避けて会ってほしいと告げられると、貴志はわかりましたと答え、帰って行った。
それを見届けた後、秀も帰宅する。
疲れが一気に出て、椅子に腰を下ろして大きなため息を吐くと、母さんが花束を見ながら俺に声をかける。
「あの子、本気なのね。バラを見ればわかるわ」
「どう言うこと?」
「天音が最初に持ってきたバラの数は21本。そして、今日は5本」
母さんの言葉に俺が首を傾げると、花言葉よと答えた。
「21本は(真実の愛)。5本は(あなたに出会えて心から嬉しい)。お母さんも昔お父さんから教えてもらったの。次は何本かしらね」
そう言って微笑みながら、バラを花瓶に差して行く。
俺はそれを見ながら、一瞬キュンとするも、この先の事を考えて頭を抱えた。
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