第2話 小さな小悪魔
あれから三日経ったが、あの少年はあの日以来、姿を表さなかった。
念の為、校門を出る前にキョロキョロと辺りを見回し、姿がないのを確認してから帰路へと向かう。
今日も姿を現さない事に安堵しながら歩いていると、後ろから秀が走ってくる。
「おい、天音。待っててくれって言っただろ?」
「先生に捕まっているお前が悪い。俺はすぐにでも帰宅したいんだ」
「もう三日も来てないんだ。きっと気まぐれだったんだろ?」
秀はそう言いながら、両手を頭の後ろに回す。俺はそうだといいけど・・と言葉を漏らしながら足を動かす。
俺の通っている高校はオメガとベータしかいない。
アルファは特別な私立学校に通い、上に立つ者として徹底した教育と、事故を防ぐためにそういったフェロモン管理の教育を受ける。
昔は共学だったが、オメガ被害が多かった為、オメガの人権を守る為に別校となった。
定期的に発情期を迎えるオメガも、徹底した管理を義務付けられているが、アルファの故意的なフェロモンに当てられれば、抵抗も出来ずに一方的に襲われる。
オメガ差別も手伝ってか、昔ならただ泣き寝入りするしかなかったオメガだが、その事で心を痛め、たださえ希少なオメガが自ら命を絶つ者が増えた為、国がオメガ法を可決させた。
オメガをベータと生活させ、アルファには徹底した管理をする・・・でも、実際は見えない所で昔のそれが残っているのは確かだ。
オメガの意思を無視する行為は、ただのレイプに過ぎない。
それで噛まれてしまえば、その先に待つ未来は破滅しかないのだ。
俺は劣性だが、きちんと定期的の講習と健康診断、そして首にはカラーをつけている。抑制剤も昔と比べ万能だ。
だが、昔も今も、所詮オメガは弱い立場で、自分の身は自分で守らないといけない。
「天音、すぐ鞄を置いてくるからゲームの続きさせて」
秀が甘えた声で俺を見つめる。俺はため息を吐きながら、言葉を返す。
「俺達、一応受験生なんだぞ?明日、数学ノート提出日だろ?それを持って来い。それが終わったらやらせてやる」
「チェッ・・・わかったよ。持ってくるから約束しろよ」
秀はそういうと家へと走り出す。
俺と秀は幼馴染で、家も目と鼻の先だ。
バース性に囚われず、劣性の俺を何かと気にかけてくれる気心知れた大事な友人だ。走っていく秀の後ろ姿を見ながら、俺はふふッと笑みを溢し、家の玄関を開けた。
「やっと終わった・・・」
秀は背伸びをしながらそう呟くと、早速、テレビゲームを付け始める。
俺はというとまだ、半分しか終わらず必死にノートに向き合って唸り声を上げる。
ゲームを始める秀を横目に頭を掻きながら問題と睨めっこをしていると、背後からの声に、声にならない叫び声をあげる。
「そこ、間違っているぞ。俺が教えてやろうか?」
「へっ?えっ?な、なんで?」
俺の声に秀も手を止め、唖然と少年を見つめる。
「まったく・・いくら友人でも、他の男と2人きりは良くないのではないか?」
少年は秀を見ながら腕を組み、眉を顰める。
「秀は幼馴染で大事な友人・・・です」
「そうか・・・少し灼けるが、天音の大事な友人は俺にとっても大事な友人だ。これからよろしく頼む」
少年はそう言うと、秀へ手を差し伸べる。秀は呆然としながらその手を取り握手をした。
「さて、天音。今日は話があって来たのだが、それは宿題なのか?」
「明日提出するものだ・・・です」
だいぶ年下なのに、つい敬語を使ってしまう。
「ならば、俺が教えるから早めに終わらそう。秀・・と言ったか、君も友人として話し合いに参加してくれ」
「はい・・・」
秀も年下相手に敬語を使う。きっとこの少年の貫禄的な姿と、大人顔負けの言葉使いがそうさせるのだろう。
「ほら、天音。惚けてないで、ノートを見るんだ」
少年はそう言うと、少しだけ身を屈め、俺の肩に手を置きながらノートを指差し、数式の説明をし始める。
俺はその慣れた手付きに不覚にも一瞬ドキリとするが、もう1人の俺が(犯罪は犯すな)と俺の目を覚させてくれた。
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