第12話 カフェー・モオ・モジョ


 次の日、βはθの行動に不貞腐れたのか真っ直ぐ家に帰らず、地下鉄に乗って東京都千代田区にあるカフェー「モオ・モジョ」に立ち寄る事にした。

 「モオ・モジョ」はβが新入社員の頃、ブラックな職場に追われていた時に癒しの場所として訪れたのがこの店だった。マスター曰くここはあくまでも「カフェー」あり、「純喫茶」では無いという。βは当初、意味がわからなかったが、当時大学生のθと出会ってからその意味を知るようになる。


 βが中に入ると、蓄音機が流れ、1920年代後半から30年代(昭和初期)のカフェーを思わせるような雰囲気が広がっていた。


 βはマスターがいるカウンター席に座った。


「いらっしゃいませ。βさんお久しぶりですね。ご注文はいかがでしょうか」


 マスターは物腰の柔らかい、白髪の老紳士であり、不貞腐れているβにも声をかけた。


「おお、マスター久しぶりだね…じゃあコヒーを1つ頼むよ」


「かしこまりました」


 マスターは豆の引いたブラックコーヒーを入れた。


「こちらが当店のブラックコーヒーです。冷めないうちにどうぞ」


 マスターはブラックコーヒーをβに渡した。


「ありがとう。やっぱりマスターは昔とあまり変わらないね。いくつなの?」


 βがコーヒーを飲みながらマスターの年齢を聞いた。


「βさん、私に年齢を聞くなんて失礼ですよ。少なくとも私は戦後生まれです。団塊の世代と言いましょうか、βさんの親御さんと同世代ですよ」


 マスターが微笑しながら答えた。


「団塊の世代って事は学生運動とかに参加してたの?」


「いえ、私はそういうのに興味がありませんでしたから」


「だよね。あれ、面倒くさそうだし」


 βが学生運動を小馬鹿にしていると、マスターは何かを感じとったのか、口を開いた。


「βさんあなた今、悩みがあるみたいですね?」


「あるよ。あっ、そう言えばマスターって人の心が読めるんだっだ。一応、家では変なロボットが来て息子を監視するって言うし、θはロボットの影響で就職するって言うんだよ。俺からすれば馬鹿じゃない?って思うんだけどね…」


 βが家で起こった事をマスターに話した。


「そうですか・・βさん、あまりθさんを見くびらない方がいいですよ。後で痛い目をみますよ」


「わかったよ。θの実力を認めてあげればいいんだろ」


「はい。上辺たけではだめですよ。心の底からθさんの就職を応援するのです」


「そっかーでも、あのロボットが家に来てからおかしくなっているというか、何とかできないかな?と思って」


「それでここに来たと?」


「そう、それ!マスターに何とかして欲しいんだよ」


 βがマスターに指を指すと、マスターが「うーん」としばらく考えながら答えた。


「残念ながらそれは私にはできません。なぜならそのロボットは『Lab Nete』のものだからです」


 なんとマスターも「Lab Nete」の事を知っていた。


「マスター、あのロボットが言っていた組織だぞ。なんで知っているんだ?」


 βはなぜ、「Lab Nete」の事を知っているのかマスターに尋ねた。


「それは私が野底病院の元精神科医でLab Neteの人と会ったことがあるからです。彼らは科捜研でも解決できないような不可解な事件も解決する・・そんな機関からロボットが派遣されたと言う事はあなたのご子息に何かあったという事ですね?」


 マスターはβの長男γが起こした事件もお見通しだった。


「そうだ。γが隣のクラスの子を階段から突き落としたらしい…突き落とされた子が目覚めたおかげでγが犯人だと特定されたらしい・・もし、その子が目覚めなかったらあの変なロボットは来なかっただろうに・・」


「いえ、その子が目覚め無かったとしても、『Lab Nete』は真実を追求し、γをロボットに監視させるでしょう。それが彼らのやり方ですから」


 マスターはコーヒーカップを吹いて片付けていた。


「怖いな・・この監視ってずっと続くのかな?」


 βはロボットの監視に怯えていた


「さぁそれは私にもわかりません。あのロボット次第ですね・・」


 マスターが呟くと、外からリュックサックを背負い、シャツにジーパンを履いた冴えない青年が入って来た。


「いらっしゃいませ、当店は初めてですか?」


 マスターが大学生に尋ねると、青年は一旦黙りながら「はい」と答えた。


 青年は1席開けて、カウンターに座った。


「ご注文はお決まりですか?初めてでしたら、『救済』という特別メニューもご利用できますよ?」


 マスターが「救済」という奇妙なメニューを勧めてきた。


「はい」


 大学生が答えると、マスターはA4用紙とペンを渡し、「ではこちらにアンケート」をと言い、大学生にアンケートを取らせた。


「マスター、またそれ勧めるの?」


「ええ、当店は恋愛弱者に『救済』をする店ですので」


 マスターが店の方針を答えると、βはまたコーヒーを飲んで「相変わらずだなマスター」と言ってカウンターでゆっくりしていた。



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