三分の一、向こうの国【後編】


「いえ、そんな事はありませんよ。実在した人物の一生を描いたといっても、多少の誇張はなされているでしょうし、実話と物語の間に優劣はないと思います。どちらもなものではないでしょうか。過去や訓話から学ぶ事も大切ですが、適度に現実から離れるゆめをみる時間も必要です。生きていくうえで必要でない事を選ぶ事も」


「わたくしが甘いお菓子を見たり食べたり作ったりするのが好きなのも、きっとそれと同じですね。お菓子には成長に必要な栄養素が多く含まれているわけではないけれど、わたくしにとっては生きる活力ですもの。昔からずっと……」 

 

「ええ。船長たちと出会ってからは特にそう思います。トーラスは美食が売りですから、元々そういった考えとは相性が良かったのでしょう。食事がただの栄養摂取のための行動だとしたら、食べ物を美味しく作る必要などはないのです」


 グラセ王子は一旦言葉を切り、トルテ姫の目を見つめます。

 

「貴女にはアッシュゴートの方々が一切の不要を排しているように感じられるのかもしれませんが、もし本当にそうであれば、ブレヴィティには単一のフレーバーしか存在せず、後から増やす事もなかったのではないでしょうか?」


 トルテ姫は当時を振り返ります。


 当初は現在ほど豊富な商品展開ではなかったブレヴィティですが、それでも最初から十種ほどのフレーバーが存在していました。


「…………ええ、おっしゃる通りですね。わたくしは変わり者扱いされてきた事が悔しくて、苦しくて……。仕返しのように、みんなの事を色眼鏡で見ていたのかもしれません。要望が寄せられる前からフレーバーは充実していましたものね。それでも、ブレヴィティには改善の余地があると思いますけれど」


 最後にぼそっと付け加えたトルテ姫は、数年ぶりに晴れやかな笑顔を見せました。

 

「そうでしょうとも。私も微力ながら尽力いたします」

 

「ありがとうございます。グラセ王子のおかげで安心して修業に専念出来そうです。お互い頑張りましょう」 


 二人は固い握手を交わし、それぞれの目標へ続く道を歩き始めました。

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