三分の一、向こうの国【中編】
「…………失礼ですが、担がれただけではないのでしょうか?」
トルテ姫は完全に作り話だと決めつけながらも、詳しい事を聞きたくて仕方がありません。
「私も最初はそう考えたのですが、二人で飲んでいて、船長がひどく酔ったときに、打ち明け話のようにこっそりと教えてくれたのです。船を譲り受けるまでの壮絶な半生についても語ってくれましたが、その船大工の人魚が私の想像していた人魚像をことごとく裏切ってきたもので、印象に残っていますね」
「それでは、船長さん自身も本当はお話しするつもりはなかった……という事になるかしら?」
「恐らくそうでしょう。私もなんとなく察してはいましたが、どうしても気になったので、次の日『人魚の船大工にこの船を譲り受けたというのは本当ですか?』と尋ねたら、『お前、どこでそれを聞いた?』ととても慌てていました。他の船員にも話していなかったのかもしれませんね。彼は慌てると頭を掻くので、すぐにわかりましたよ。船長は元々一本一本が細い癖っ毛なのですが、それを掻き毟るせいでさらに絡まってしまって……。後で梳かすのに苦労していましたね」
グラセ王子は笑いながら話します。
「普通に考えれば、人魚が登場する時点で作り話だと判断するべきなのでしょうが、船長の慌てようといい、『人魚が船大工をしている』という荒唐無稽な設定といい……。ありえなさすぎて、かえって実体験なのではないかと疑ってしまいませんか?」
「…………ええ、その可能性もあるかもしれません。人魚ですか……。いいですね、本当に人魚の船大工さんがいたら」
トルテ姫は幼い頃にばあやが聞かせてくれたあるお話を思い出し、微笑を浮かべます。
――――人間と人魚の恋物語を。
それは幸せなだけのお話ではありませんでしたが、空想上の生き物が登場する非現実的な話というだけで当時の彼女には物珍しかったのです。
「このあたりには人魚の伝承は残っていないんですか?」
アッシュゴートの内情に詳しくないグラセ王子は軽い気持ちで尋ねました。
「残念ながら。昔はあったのかもしれませんが、わたくしはそういった御伽噺などにはあまり親しまずに育ちました。アッシュゴートに生まれた子が聞かされるのは、子ども向けに作られた夢のあるお話ではなく、国に所縁のある偉人伝ばかりですから。ああいった物語は嘘か本当かではなく、そのお話を通してなにが学べるかが大事だと思うのですけれど……なんて、少し根に持ちすぎかしら」
習い事の合間に、ばあやにねだって聞かせてもらったお話は数こそ多くはありませんでしたが、何十冊と読まされた偉人たちの伝記よりもトルテ姫の記憶深くに刻み込まれていました。
ばあやはそれらすべてを若い頃に書物で読んだ作り話だと言っていましたが、中にはこの地域に残された伝承もあったのかもしれません。
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