失った光【後編・中】


「いいのよ。わたくしこそ断りもなく見てしまって、ごめんなさい。でも、番号を見る前からわかっていたの。ここへ来たのは確認と通達、それからお願いのためです」


 喉が詰まりそうになりましたが、彼女には尋ねたい事も伝えるべき事もたくさんありました。


「それはなんでしょう?」


「わたくしの食事担当が彼ではなくなったという確認は取れました。次に知りたいのは……あなたの作ってくださったビスコッティのレシピは、前任者と同じものかという事です。こんな質問をするのも失礼かとは思ったのですけれど、一応尋ねておきたくて」


 姫様は、BKFP001と同じ顔をしたBKFP002を見つめて尋ねます。

 

 ビスコッティを口にした際におぼえた『味は同じだけれど、なにかが違う』という違和感が一体どこから生まれているものなのかをはっきりさせておきたいと彼女は思っていました。


「はい、もちろんです。材料の産地から製法に至るまで、すべて前任者であるBKFP001の残したレシピの通りに作らせていただきました」


「そう……そうよね。産地まで再現してくれていたというのに、わたくしときたら…………。おかしな事を聞いてしまいましたね。本当にごめんなさい。お気を悪くなさっていなければいいのですけれど……」


 いかにも申し訳なさそうに縮こまってしまった姫様に、BKFP002が投げかけた言葉は以下の通りでした。


「いまのご質問に気を悪くする要素など、どこにあったというのでしょう。私どもは感情なきアンドロイド機械。なにをぶつけられたとしても痛みを感じる事はございません。それが精神的なものであろうと、肉体的なものであろうと同じです。なぜ姫様は、私を人間と同格に扱われるのでしょうか?」


 感情はない――――。そう断言しておきながら、疑問を呈したBKFP002の顔は、人間と同じように怪訝そうに姫様を見つめ返していました。


 もっともそれはというだけの事でしたが。


「なぜって……。確かにあなた……いえ、アンドロイドは、感情を持たないのでしょう。それはわかっています。でも、あなたたちだって、人間と同じように働いてくれているでしょう? なおかつ、場合によっては、人間以上に成果を出しています」


 不思議そうな様子の彼に向かって、姫様はその理由を語り始めました。

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