姫様の初恋【中編・上】



 彼女は重い足を引き摺って自室まで帰り、閉じたばかりのドアに力なく凭れました。

 

「…………わたくしはあなたの事をこんなに想っているのに、あなたはちっともわたくしのことを意識してはくださらないのね」


 『もし彼が人間だったら、二人はどうなっていたか』――――……。幾度となく夢想した事です。


 彼も自分に好意を抱いてくれたかもしれない。振り向いてくれなくても、カラダの関係くらいは持てたかもしれない。


 恋に落ちた人間であれば抱いてしまうこともあるささやかな願いを、姫様はとてもあさましいものだと思っていました。


「こんな事を考えたって、なにも変わらないのに……」


 『非効率』という単語が彼の声で延々と繰り返し再生されます。もちろん姫様の幻聴ですが。


 しかし、一縷の望みにいつまでも縋っているからこそ、姫様はわざわざ夜が更けてから彼に会いに行くのです。


 『無駄』? 『不毛』? 他にはなにがあるでしょう。必要のない言い換えまで引っ張り出してみても、この想いに終止符を打つには至りません。


「他になにをすればいいのかしら。わたくしに出来る事って……?」


 ――――そんなものは、果たしてあるのか。何度、自問自答を繰り返したでしょう。


 そのくせ、彼女はありもしないとわかりきっている展開を諦めきれませんでした。彼に人間のような感情が芽生え、自分を愛するようになる未来を。小さな初恋の成就を。


「挨拶は欠かさないけれど、そんなのは人としての礼儀だから……アプローチのうちには入らないでしょ。笑顔で話す……のは意識しなくても、自然になってしまっているでしょうし。にやけておかしな顔をしていなければいいけれど…………そんなこと、あの人にとってはどうでもいい事、なのよね……」


 姫は姫でも、残念ながらこの世界は御伽噺ではなく、現実的に考えてアンドロイドが感情を持つ事などありえません。


「プライベートな質問はもう何度も……。でも、してもしなくても同じような気がする。あの人はお菓子作りに特化した設計という話だし、対人用アンドロイドでもないんだから、明確な好みが設定されているわけもないのよね。出来る事は片っ端から試したと言ってもいいはずよ。でも……」


 仮に姫様が御伽噺の世界の姫だったとしても、結ばれるべき妥当な相手は王子。身分も違えば、生命を持たないアンドロイドと結ばれるなど寝言もいいところです。


「いままで努力だと思ってしてきた事は全部無意味で、なにをしても無駄…………なのかしら」


 それでもきっと、彼女は明日からも同じ事を繰り返すのでしょう。おめかしして会いに行っても無反応な彼にリクエストだけ伝えて、すごすごと帰ってくるだけの無為な日々を。

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