姫様の初恋【前編・下】



「非効率…………」


 平均的なアッシュゴート国民の口癖である『非効率』という単語がアンドロイドの彼からも出てきたことは少し衝撃的でしたが、彼ら被造物は製作者が意図をもって生み出した物。


「……ええ、そうね。そのとおり。でもね、わたくしはきっと、人間なの。だから、こうして直接、あなたのお顔を見てお話しするのも日々の楽しみなのよ。いまではもう、あなたの作ったお菓子を食べるのと同じくらい、わたくしにとっては欠かせない日課になってしまったの」


 作り手の影響下にあるどころか、その者の意志を反映させた存在といっても過言ではなく、取り立てておかしなことではありません。むしろ自然なことと言えるでしょう。


 しかし、姫様の心には鋭く不快な痛みが走りました。誤って薄い紙をすっと引いて、皮膚を傷付けてしまったときのように。

 

「そういう事でしたか。理解力に乏しく、申し訳ありません。姫のお好きなようになさってください」


 BKFP001は姫様の回答を機械的にそのまま受け取りました。彼は人間のように深読みも邪推もしません。あるいは『できなかった』とも言い換えられるでしょうか。


 喜ぶべき事なのかもしれませんが、彼女はそれを確かに『寂しい』と感じていました。ヒトが言葉の裏側に忍ばせるものは、『表立っては言えないけれど、本当は見つけてほしい想い』です。


「わたくしの好きなように……」


 どんなに素敵なプレゼントも開封されなくては意味がないのに。本心から伝わってほしいと願うのなら、隠さず堂々と伝えればいいだけなのに。


 ヒトはとても強欲で、文化的な生き物でした。


「はい。私はどちらでも構いません」


 しかし、彼は彼女の食事を作るためだけに生まれたアンドロイド。


 お菓子作りの腕は一級品ですが、感情の機微を感知し、それにこまめに対応するようにプログラミングされてはいませんでした。


「それではまた明日。おやすみなさい」


 それも仕方ありません。そもそも、彼と彼女は最初から出会う事を想定されていなかった者同士なのですから。


「……ええ、おやすみなさい。ゆっくり休んでくださいな」


 素っ気ない挨拶を返されても、姫様は微笑みを絶やさずに手を振ります。

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