出会い【後編・上】



 数時間後。ノックの音を聞き、姫様は机から顔を上げます。


「はい、どうぞ」


 人間のそれよりわずかに硬質な音で来訪者がすぐに誰だかわかった彼女は、笑顔を浮かべました。


「失礼いたします。BKFP001ですが、遅くなって申し訳ありません」


 とアンドロイドは言い、静かに入室しました。


「あまりお気になさらず。仕込みってとても時間がかかるのね」


「仕込みはあのあとすぐに終わりましたが、外国のお菓子について研究していたのです」


「外国のお菓子の研究?」


 アンドロイドからは意外な答えが返ってきました。


「はい。この国は効率をとても重視します。その影響で、ブレヴィティの誕生以前から、じわじわと優れた菓子職人が他国に流入していました。皆『効率ばかり追い求めては、真によいお菓子は作れない』と言い残し、この地を去っていきました。『確かに妥協すべき点はあるが、妥協ばかりしていては、わたしたちは仕事をまっとうしているとは言えない』とも」


 わざわざ姫様の食事担当のアンドロイドが作られたのも、腕利きの菓子職人が国内には数えるほどしか残っておらず、彼らは自分の店の経営以上の仕事を抱え込む余裕がなかったからという理由でした。

 

「では、あなたはどうお考えになっているの? みんなの残していった言葉について……」


「私も彼らと概ね同じ意見です。お菓子作りにおける効率化には限度があります。一歩間違えれば、食やお客様への冒涜になりかねません。その線引きは困難なもので、職業柄、こだわりの強い者に効率化ばかりを求めるのも酷です。国のためとは言えませんが、彼らにとって国外へ出たのはよい判断だったと考えます」


「では、アッシュゴートのお菓子の未来は…………」


 一時は王都を賑わわせた名店街も、いまは見る影もありません。国土のせまいこの国では土地はたいへん貴重な財産であり、使用されなくなった建物はただちに取り壊されてしまうのでした。


「はい。かろうじて現存する文化の継承に成功したとしても、これ以上の発展は望めないというのが正直な私の見立てです」


 姫様は精密な計算を得意とするアンドロイドである彼がそう断言したという事実を噛み締めます。


 技術大国ではあっても、すべての分野でトップを張るのは難しい事。効率重視のこの国で真っ先に廃れていくのは、効率の悪い作業を必要とする分野である事を。


 ほとんどの国民が忘れ去ってしまった恋のときめきのように、そう遠くない未来、この国発祥のお菓子があったという事実もブレヴィティという偉大な発明の影に覆われてしまうでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る