変わり者の姫様【後編・下】



「もう。頭が固いんだから、みんな。『』なんて、一体いつどこの誰が決めたの? 恋ってもっと自由なはずよ? ああ、でも……わたくしだって、きっとみんなとそう変わらない。恋愛以外の物に心をときめかせているだけなの」


 お菓子作りと同様、恋愛はアッシュゴート国の人たちに真っ先に切り捨てられてしまったものの筆頭でした。『そんなものは非効率だから必要ない』と口を揃えて言う人々の目は落ち窪み、肌はとても乾いています。


「『ときめき』なんて感情があった事も忘れてたなぁ」


「ええ。久々に聞きましたね」

 

 果たして食事の時間を切り詰めてまで仕事と趣味を充実させる方向に舵を切った彼らのうちの何人が胸を張って『現在の生活が幸福だ』と断言する事が出来るでしょうか。そこに辿り着くまでに『無駄』と断じた物は、本当にすべて必要のないものだったといえるでしょうか。


「あら、『ときめく』ってとても素敵な心の動きで、生きていくのに必要な感情だと思っていたけど……。そうよね、わたくしは『変わり者』だもの。みんなもわたくしと同じだと思うなんて、図々しすぎたわね」


 彼らもきっと、完全に手放したかったわけではないのです。手間のかかる物も、ハイリスクローリターンの行為も。しかし、自分の取りこぼしたものに気付いても、素直に認められる人は多くありません。


 ゆえにこそ、現在の躍起になって効率の悪い物を蔑み、効率の悪い人を鼻で笑う風潮が形成されていったのでしょう。

  

「…………そうかもしれませんね。私たちはどうしても効率のよさを第一に、ローコストハイリターンの選択をいたしますけれど、姫様は厄介事も手のかかる事も楽しむ才能がおありなのでしょう。あなた様なら、ここにいる誰より素敵な恋がお出来になるのでしょうね」

 

 一人の召使いがぼそりと呟いたところで、会話は中断されました。


「確認取れました! よかった……。彼はやはり優秀ね。マカロン、すでに用意してくれているそうです!」


「でかした! すぐにお持ちしろ!」

 

 姫様の食事担当を務めるアンドロイドは、彼女の食べたい物が直前で変わることを想定して用意しておくことの出来るとても優秀な個体で、その的中率は驚異の百パーセント。お菓子作りの腕と精度の高い計算とを両立させた、お城に欠かせない存在でした。

 

 そのアンドロイドというのもまた、アッシュゴート国の技術の結晶です。


 王族の身の回りの世話をするのは人間の召使いたちの仕事ですが、厨房などあまり直接的な接点のない業務についてはアンドロイドたちに一任されていました。 


 どの個体にも人間らしい名前は付けられていませんでしたが、姫様の食事を担当しているアンドロイドの製造番号は『BKFP001』。現時点で同種別のものは一体もなく、正真正銘、彼は偏食で甘党な姫様の食事を用意するためだけに生産されたアンドロイドでした。

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