変わり者の姫様【後編・上】



 これはある日のお昼時のこと。


「いまはマカロンの気分なの。わかったらはやく持ってきて!」


 今日も姫様のわがままが炸裂します。


「聞いたか? すぐにマカロンを作らせろ!」


「さっきまでずっと『カヌレが食べたい』って大騒ぎしてたのに……。本当に気分屋な姫様だ」


 召使いたちはいつも彼女に振り回されどおし。


「カヌレはいまも食べたいわよ? ちゃんといただくから心配いらないわ」


 変わり者の姫様でしたが、一部の召使いたちとは軽口を叩ける仲でした。


 彼らは本人の前でも平気で不敬なため息を吐く事もしょっちゅうでしたが、彼女はちっとも気にしません。


「姫様、食べ物を粗末にしないのはとてもご立派なのですが……」


「たまには栄養バランスを考えたお食事をなさってはいかがでしょう?」


「そうですよ。ブレヴィティでなくても構いませんから」


 たんぱく質やビタミン、ミネラルなどをスムージーで摂取しているとはいえ、みんな姫様の健康を心配していました。


「嫌よ。みんながわたくしの身を案じて言ってくれている事はわかっているけど。でもね、ブレヴィティも、栄養バランスが第一に考えられているお食事も……わたくしの心をときめかせてはくれない。恋と同じよ。そう、わたくしはスイーツに恋をしているの!」

 

「そうですか…………」


 とろけそうな眼差しの姫様に、召使いたちは若干呆れ気味。


「生まれてこのかた、恋なんてした事もないでしょうに」


「それはそうだけど。みんなだって、恋愛の優先順位は低いはずでしょう?」


 召使いの指摘にも姫様は動じません。


「そうですね。婚姻関係を結ぶにも、恋愛感情なんて必要ないですから」


「……と、いうかですね。恋なんてしてる暇もないし、この国の人口だって元々多いわけじゃないし。仕方ないと思いません? 生来の気質と環境要因の合わせ技って感じじゃないです?」

 

 そもそもアッシュゴート国民がここまで効率化に取り憑かれるようになったのは、急速に進歩していく技術を持て余さないよう、必死で努力を続けた結果です。誰かの生み出した発展への足掛かりを少しも無駄にしないために、人々は常に全身全霊で仕事に臨みました。

 

 しかし、そういった勤勉な国民性が連綿と受け継がれたものといえど、数十年前は食事の時間を切り詰めなければならないほど多忙をきわめた人はおらず、余白を無駄と切り捨てる風潮も作られてはいませんでした。

 

 また、その頃のアッシュゴートでは恋愛結婚が主流でしたが、近年は仕事上の都合や納税の際のメリットなどといったものを重視したパートナー婚がほとんどです。そこにフレンドシップはあったとしても、ロマンスの気配は微塵もありません。

 

 結婚という形態は維持されても、恋愛は都市伝説のようなもの。『恋をしたければ、外国へ行け』という諺が誕生してしまうほど、現在のアッシュゴートは色恋とは縁遠い国になっていました。

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