変わり者の姫様【中編】
彼女はひどい偏食でしたが、同時に、効率を重視する人の多いこの国には珍しい『食事を楽しむ余裕』を生まれつき持っていました。
「それに、歯触りも歯ごたえも温度もなにもかも違う嘘っぱち。いえ、それは言い過ぎ……? ブレヴィティはきちんと需要があるんだもの、よく知りもしないで扱き下ろすのは卑しいことだわ。でも、誰にだって好きな食べ物のひとつくらいあるでしょうに……。みんなは本当にそれで満足なの? これっぽっちも恋しくはならないの? 月に一度くらい、前のような食事を摂る日があってもいいと思うけど、お仕事にご趣味にきっととても忙しいのでしょうね……。わたくしには本当にみんなのことがわかっていないみたい……」
確かに彼女の身分も『食事を楽しむ余裕』を持てた理由のひとつに挙げられるでしょう。
公務はそこそこ忙しかったものの、両陛下や国民たちのように忙殺されるほどではなかったおかげで、食事を楽しむ時間が取れていたのですから。
しかし、その事だけを根拠とするのは少し弱いかもしれません。
彼女には食べ物以外の好き嫌いが存在しませんでした。口に入れるものとは違って、嫌いな物もない代わりに好きな事も特にありません。
幼少の砌より、退屈な儀式もたくさんの習い事や長時間の勉強も文句ひとつ言わず完璧にこなしてきましたし、付き合えばさまざまな恩恵が得られる立場の人に媚びを売る事も、誰か一人を特別に愛する事もありませんでした。
そんな彼女の楽しみといえば、『スイーツを気の済むまで眺めてから、ゆっくり味わって食べる事』。食後は必ず感想を日記帳に綴っていました。
彼女は自分の事を無趣味だと思っていましたが、スイーツに注ぐ熱量を見れば一目瞭然。食事の時間とそれに付随する行為全般が彼女の趣味と言えるでしょう。
そう。世界中のかなりの人が仕事や趣味に充てるために捨ててしまった食事の時間こそ、彼女が趣味を満喫する時間。その時間は、姫様にとって決して削る事のできない大切なものだったのです。
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