変わり者の姫様

変わり者の姫様【前編】


 しかし、そんなアッシュゴートにも、甘いお菓子が大好きで、それしか食べないお姫様がいました。


 偏食なお姫様の名前はトルテ。いかにも甘い物が好きそうな名前です。


 ただの甘い物好きで済めばよかったのですが、トルテ姫はすっかりアッシュゴート国のスタンダードとして定着したブレヴィティには目もくれず、来る日も来る日も食事に甘いお菓子を求めます。


「変わった姫様だよなぁ。せっかくどこの国よりも優先してブレヴィティにありつけるってのに」


「ほんとねぇ。食事に好きな味を求めるのはわかるけど、スイーツなんて食べづらいったらありゃしない。そんな物食べている暇があるなら、あたくしはお庭の手入れを一秒でも多くしていたいわぁ」


「もしかして、ボクたち庶民と同じ物なんて食べたくないんじゃないか?」


「……それ、ありえるかも。ブレヴィティって、単価だけで考えたら既存の栄養食と同じくらいの値段だけど、他の物だと一日三食食べないといけないところが一食で済むから、費用を三分の一に抑えられるんだよね。君の言いたい事とは違うかもしれないけど、ブレヴィティが庶民の味方なのは確かだ。こんな夢のような食品が出てくるなんて、誰が想像できただろう?」


 姫様は召使いや国民たちの陰口が耳に入っても、ちっとも気にしません。彼らの言っている事はまったくの無根拠で、的外れもいいところだったからです。


 ブレヴィティがここまで浸透しても頑なに姫様がこれまでの食生活を貫こうとするのには、訳がありました。

 

 ブレヴィティの発売前日。お城ではカジュアルな試食会が開かれ、彼女は大好物のひとつであるシュークリーム味のブレヴィティがあると聞き、試食に踏み切りました。

 

 ですが、実際に食べてみて思ったのです。


 『味はシュークリームを完璧になぞっていても、本物のシュークリームを食べたあとのように幸せな気分にはなれない』と。


「確かにブレヴィティはすごい……。すごい、けど……わたくしはあれを毎日の食事にしたいとは思えない。味の再現度はとても高いけど、それだけね。食事は『目で見て楽しむところ』からスタートしているのに、ブレヴィティはフレーバーで色味が変わってくるくらいじゃない。持ちやすいようにスティック状になっているのはわかるけど。やっぱりスイーツはいい……。佇まいから美しくて、頬張ればたちまち美味しさが口中に広がって、わたくしを幸せな気持ちにしてくれる」


 自室に引き上げた姫様はお気に入りのドーナツクッションを抱え、先ほどは胸に秘めた率直な感想を小声で漏らします。

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