第2話 裏『自殺幇助の依頼』

モンスターを倒したり、前人未到の地に足を踏み入れて財宝を探す、闘技場でライバルを競い合って、賞金首を捕まえて一躍ヒーローになる。

冒険者といえば聞こえがいいが、実際はただの放浪者だった。

市民権もない不安定な身では家族を持つことも、安住の地を見つけることも難しい。

弱くはないが強くもない。

中途半端な腕っぷしは、冒険者としての華々しい生活すらできない。

小銭を稼いで日々を生きているだけだった。

若い頃はよかった。

まだ金が増える可能性があったから。

でも今は違う。

老後の資金、冒険者としての寿命、現実が襲いかかる。

金や地位がないことが、ここで足枷になる。

いつまで、戦えれる?もし冒険者をやめたらどうやって生計を立てたらいい?

不安で仕方ない。

それでも、この村は比較的に居心地が良い。

だから、別にこのままここにいてもいい。

でも、自分の中で決めてがない。

何ていうか、居場所のないーーここにいる理由がない。

誰かに『ここにいてほしい』と言われたい。

結婚でもーー家族でもいれば解決するのか?

中年にもなってこんなことを思うなんて、子供みたいで嫌だったが事実ではあった。

そんな事を考えながら、喫茶店で珈琲を飲んでいる。

ただの村だが、旅人や冒険者の出入りがよくあるせいかこの喫茶店は盛り上がっていた。

昼間から酒を煽る腕っぷしの強そうな男、賭けポーカーを楽しむ女……喫茶店というよりは、ほぼ酒場と化している。

寂れた中年としては、この騒がしさは救いでもあったが、今日は孤独感を強めるだけだった。

それに珈琲一杯で粘るにはそろそろ限界だ。

「帰るか。」

立ち上がろうとした瞬間、いきなり目の前に女が座った。

「景気はどう?」

愛想は良く笑いかけてくるが、その顔は疲れている。

くたびれたエプロンとワンピースに買い物袋をかけて、白髪もところどころある中年の女だ。

濁ったような目をしていた。

「最悪だね。この村は依頼の単価も安すぎる。気に入ってはいるんだけどね。」

女は突然、テーブルにどっさりと金貨の入った袋を置いた。

おそらくこの数年に得た金額よりずっと多い。

金に目が眩む。

老後の資金の糧になりそうだ。

「引き受けてほしいことかあるの。」

驚く俺をよそに女は微笑んだ。

「流れ者に頼むくらい酷い依頼なのか?」

「ええ。でも、あなたとても腕が立つしアフターサービスもいいんでしょ?」

静かに微笑む彼女。

「おいおい、そんなに評判いいのかよ。」

「ええ、だからお願いするの。」

「内容は?」

「村外れにある洞窟ってわかるかしら?」 

「知ってるよ。よく依頼でも行くからな。」

「最深部に連れて行ってほしいの。」

「何でまたそんなところに。」

洞窟の最深部なんて魔物の巣窟だ。

最深部といっても下に潜るわけではなく、平面でトンネルのような形だった。

入口は比較的に魔物も少なく、街灯や街道まで整えられている。

奥に行けば行くほど、危険になっており、縄張りにしているモンスターの親玉いてもおかしくない。

そんな場所に行くのは財宝目当ての冒険者か研究熱心な学者だけだ。

「……幻覚を見せてくれる魔物がいるの。その魔物に会いたい。」

「もしかして、人間を取り込んで養分や生殖用の苗床にするでっかい花のことか?」

「よく知ってるわね。」

「冒険者の中では常識だ。何だ、研究でもするのか?取り込まれてしばらくしたら引っ張ればいいのか?」

そこまでヘビーな仕事ならこの金額も納得いく。

魔物に取り込まれた人間を引っ張り出すなんて、こっちまで巻き添えを食らう。

「いいえ。死のうと思って。」

「は?」

「幸せに死にたいの。」

たしかに助けられた人間の話によると、あのモンスターの中は楽園のような世界が広がっているらしい。

彼らすぐに獲物を殺さない。

数年かけてゆっくりと痛みもなく養分を吸い取る。

自分が死ぬことにも気がつかず、気がついても抗えずにそこにい続ける。

だから、経験者はあの魔物の世界を『楽園』と呼ぶ。

数か月もいれば、あの楽園が忘れられずに廃人になるという話だ。

「……おいおい、自殺を手伝えと?」

それは誰も受けたがらないだろう。

この村の周辺に住む冒険者なら評判やトラブルを気にするだろうし、そもそも洞窟の最深部に戦闘上役立たずな人間をつけていくなんて危険すぎる。

「ええ、そうよ。」

「……。」

明らかに女の顔色は悪い。

おそらく死にたい、と思えるようなことが日常的にあるのだろう。

「断る?」

テーブルの金貨を片付けようと手を伸ばしたので、跳ね除けた。

それでもこの金額は魅力的だ。老後の資金や冒険者としての寿命、全部の不安がぼやける。

「受けないなんて言ってないだろ。」

「ああ。よかった。じゃあ、それ前金ね。今から行けそう?」

「おいおい。せめて明日にしてくれ。情報や準備が足りない。」

俺はため息をついた。

「じゃあ、早朝に店の前で。」

「はあ……なんとか間に合わせるよ。」

「そうだ。あなた、名前は?」

「ロゲン。で、アンタは何と呼べば?」

「リガド。呼び捨てでいいわ。」





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