希望の在場所

日奈久

第1話 表『人生のはじまり』

目を開けると大きな湖が広がっていた。

湖面がきらきらと輝いている。

そこには白鳥が優雅に水面を泳ぎ、走り回る子供たちの姿があった。

温かい春の陽気。

私の不安はどうやら杞憂だったらしい。

「気に入ってくれた?」

声をかけられて後を振り向くと、男性がいた。

目鼻立ちは悪くないが印象には残らない顔だ。

初めて会うが、私にいきなり話しかけてきたので彼の正体は察しがついた。

「悪い気分はしないわ。」

本心で彼に同意すると、嬉しそうに

「ボクが一番好きな風景なんだ。君にも見てほしくて。」

「……そう、があるわね。私は死ぬのかしら?」

「違うよ。」

彼は私の手を握る。

私を欺こうとする顔ではなく、むしろ親愛の目をしていた。

「ボクと一緒に生きてくれたらいい。望むものはある?」

その態度から、私が使か察しもついた。 

私の希望は叶うことを確信した。

でも、その上で願うなら1つだ。

「ここに来るまで連れ添った男に何もしないでほしいの。」

「約束するよ、五体満足でお帰りいただくさ。」

「それはありがたいわ。」

振り返ると、いつの間にかテーブルと紅茶があった。

白い薔薇の模様が彩られた椅子に座ると、気持ちのいい風が吹く。

「これ、あなたが淹れてくれたの?」

「そういうことになるね。他の飲み物が良かった?」

「いえ、これでいいわ。」

コップを持つ自分の手を見ると、白魚のような綺麗な手だった。

私のよく知る手ではない。

「20年は若返ったわね。こんなこともできるの?」 

「うん。せっかくなら若いほうがいいでしょ?」

私たちはしばらく笑い合った。

こんなに穏やかな気持ちになれるなんて久しぶりだ。

「でも、こんな嫁の貰い手にない女をよく貰う気になったわよ。」

彼は首を振った。

「知識や今までの経験は決して無駄じゃないよ。それにね、ボクたちとなら200歳くらいまでは子供作れるよ。」

「人間の寿命超えるわね……。」

「君もおそらく普通の人間の何倍も長生きできるはずだよ。」

言葉の1つ1つが不穏だ。

「むしろいいの?ここまで一緒に来てくれた人を蔑ろにして。恋人かな?」

「……ううん。違うわ。」

はっきりと否定した。

「今回の旅路のためだけについてくれたの。あなたに会いたかったけど、それまでに死ぬわけにはいかないでしょ?」

「まだ外で見守ってくれてるよ。心配してるんじゃない?」

「そう。なら追い返して。ここに付き合わせる必要ないわ。」

私のくだらない妄想には誰も付き合わなくていい。

「はいはい。」

彼は空の上に手の平をかざしながら、遠くを見つめた。

何か摘むような仕草をして遠くに出した。

「外に出しておいたよ。」

「早いのね。」

「問題は早く処理するたちなんで。」

「そう。」

「これから君の寿命が尽きるまでよろしくね。」

「ええ。どうか死ぬまで一緒にいて。」

「もちろんだよ。君がどう思おうと、いつまでも一緒だよ。」

一瞬、風が冷たく感じた。

これからの私を暗喩しているみたいだと思った。

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