第7話 春の香りがする
夏も近づき、少し動いただけで汗をかいてしまうほど激しく照り付ける太陽の日差しを感じる時期になってきた。世間では夏本番がやってくることを意味しているが、
「あー考査だるいなあ」
そうぶっきらぼうに言い放つ
「速人は何も心配することなさそうだよな。いつも上位にいるし」
「考査っていうよりサッカーが出来なくなるのがだるいんだよなあ」
速人は再度退屈そうな表情を浮かべ、大きく息をついていた。
速人はサッカー部に所属している。部内では同学年をまとめているらしく技術もあるのか、三年生が引退したらキャプテンを任されるのではないかと噂になっている。それに対して速人はというと、さほど興味はないらしい。頭もよくて運動もできる人は何故こうも無頓着な部分があるのだろうか。
両腕の伸ばしながら机に突っ伏していた速人は何か思い出したかのように顔を上げ、駈に向けて口を開く。
「そういや何で朝からスマホいじってんだ? いつも本読んでたのに、珍しくね?」
駈は驚き一瞬固まってしまったが、ここで焦ったら怪しまれると思いすぐさま言葉を返す。
「別になんだっていいだろ」
「ほほーん、これはこれは。駈から春の香りがしますなー」
速人は普段学校ではスマホをいじらない駈に興味を惹かれたのか、わかりやすく口元を緩め手を顎に置いたと思うと探偵の真似事を始めた。
「ずばり金曜日に女の子と会ってたな? その日確か走って帰ってたろ」
「見てたのかよ……」
何故頭もよくて運動もできる人は、こうも相手の小さな変化に気づくことができるのだろうか。この時ばかりは速人の洞察力を厄介に感じ、駈は煩わしく思った。
「……そういう速人は神戸さんとはどうなんだよ」
駈は負けじと速人に問いかける。神戸さんとは隣のクラスにいる
速人とは一年生の頃同じクラスで、彩夏は速人に対して何かと理由をつけて考査の順位で勝負を仕掛けていたらしい。
「彩夏か? 別になんもな――」
「うちがどうかしたのか?」
「うお!?」
教室の廊下側にある窓から体を乗り上げて彩夏は問いかけてきた。急に現れたため駈は体が浮き上がるほど驚き、机に膝をぶつけた。あまりの痛さに苦悶の表情を浮かべていた駈に速人は心配そうな顔で「大丈夫か?」と言ってきたので、すぐ表情を戻した。
「あ、ごめんな! 窓側にいた駈に気づけんかった!」
手を合わせて謝ってくる彩夏に駈は声こそ出さなかったが大丈夫と言わんばかりに手を振り、その場をいなす。ふと何かを思い出したのか彩夏が言葉を続ける。
「あ、そうだ速人! 今回の考査はうちが勝つからな! 全教科満点取ってやらぁ!!!!」
そう言い残し彩夏は教室に戻っていった。あまりに唐突で無鉄砲な彼女の行動に二人は目を丸くさせていた。
「……あれで俺と彩夏に特別な関係があるとでも?」
「……ないな。なんか、すまん」
駈は急に申し訳なくなり、発言に対して詫びた。神戸彩夏はその場のノリで生きているので、いつか転ばないか心配だ。
不意に休憩時間の終わりを告げる鐘が学校に鳴り響いた。その音を聞いた駈は安堵の表情をし、胸を撫で下ろす。とりあえず詮索はされなくてよかった。神戸さんが来てくれてよかった……
すると駈のスマホが通知を知らせようと振動し始めた。誰からのメッセージかと少し浮ついた気分になりつつも冷静にメッセージを確認する。
メッセージの送り主は速人だった。そこには『俺も話したんだから後で詳しく話せよ』とだけあった。圧を感じる文面にたじろぎながらもスマホの画面を閉じた。
◇◇◇
来週から考査ということもあり、今週は昼前までしか授業が割り当てられていない。授業といっても自習時間がほとんどで、クラスでは各々の対策に努めていた。
駈たちが通っている高校はそこそこの進学校で大学進学を志望する生徒が大多数を占める。なので昼前で終わったとしても学校に残って勉強する生徒が多い。
そんな中、駈は速人に察されないようにすぐさま荷物をまとめて教室を後にした。
「ちょ、待てよ!」
足早に教室から出て行く様子を見た速人が慌てた形相で駈の後を追う。気づかれてしまった潔く諦め立ち止まった。
「話すことなんてないよ」
「いや、そうじゃなくて。これから
「え、何で」
「何でって……勉強以外ないだろ。数学で分かんねぇ問題出てきたから教えてほしいんだよ」
駈はそういうことかと安心の表情を浮かべ、二つ返事で了承した。駈も勉強が苦手ではなく毎回そこそこ上位に位置していた。特に数学が飛びぬけて得意で、今までの考査はすべて満点を取っている。
速人は胸を撫で下ろし、言葉を続けた。
「よし、じゃあそこで色々聞いてやるよ」
駈は、まんまと速人の策略にはまってしまっていた。後悔しても遅く、受け入れるかのように歩みを続けた。すると見覚えのある赤髪女子が、すぐ隣のクラスから出てくるのが見えた。
「あ、彩夏ー、今日
「え、ちょっ――」
「面白そうだな! 行く!」
駈の声をかき消すように彩夏は喜々とした表情をしながら元気そうに返事をした。
一方駈は、終わったと言わんばかりの絶望した表情のまま、がっくりと肩を落としていた。
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