秘密を共有する関係

第6話 秘密にしよう

 連絡先を交換し終えた二人は、別れの挨拶を交わし互いの帰路につく。


 その途中、駈は初めて異性と連絡先を交換した喜びを感じながら口元を緩ませていた。すると、小春結花こはる ゆいかと書かれた人物から電子音とともにメッセージが飛んできて、駈は体が硬直した。


 飛んできたのは狐が深くお辞儀をしたスタンプで、その脇には「よろしくお願いします」と書かれていた。駈は結花の律儀な一面を見て感嘆しつつ、「こちらこそ」とメッセージを送りスマホの画面を暗くさせた。



◇◇◇



 三橋駈みつはし かけるには早苗さなえという妹がいる。


 性格は駈と真逆と言っていいほど明るく、思ったことをすぐに言葉として発する。今年高校に上がったばかりで、最近は学校であったことばかり話している。一方的に話しているので会話と呼べるものか怪しいが、駈は早苗のその様子を見て微笑ましく思っている。だけど――


「ただい――」


「おにいおかえりー!!」


 だけど、早苗はブラコンなのだ。駈にその日の出来事を話しているのは共有したい気持ちもあるのだろうが、それよりも自分のことを知ってほしいという意図があるようだ。今も駈が帰宅したと気づいては、リビングから飛び出して抱き着いてる。


 そんな早苗に呆れた表情をしながら体を退ける。早苗は悲しい表情をしながらも受け入れ、とぼとぼとリビングに戻っていく。駈は少し申し訳なさを感じながらも自室に向かった。


 着替えている途中に怒涛の通知ラッシュが起きた。何が起きているのかは察しが付くが、一応正体を見てみる。


 予想通り正体は早苗で、肩まで伸びた黒髪少女のスタンプが大量に送られていた。それは目を見開いて画面を見ている駈に向けられていた。不意に視線を感じドアの方に目をやると早苗がジト目でこっちを見ていた。


「え、なに」


「何でもないよ! ふんっ!」


 早苗はそっぽを向いたかと思えば、そのままの勢いでリビングに戻っていった。


 さっさと着替えてリビングに戻ろう。今日も早苗は早苗だなと思いつつ呆れた表情をしつつもどこか安心していた。


 リビングに戻ってきた駈は急に力が抜けたかのように、扉を開けてすぐ左にあるソファに崩れるように腰を下ろした。結花との約束を守るために猛ダッシュ、かつ急な連絡先の交換に心身共に疲弊していたのだ。


「どうしたん、おにい。めっちゃ疲れてるじゃん」


「あー。再来週から考査があって、その勉強で疲れてるのかな」


 実際勉強していないわけでもないし、嘘ではないのでこう返答した。すると早苗が怪訝けげんな表情をしながら自分が使用した皿を洗っていた手を止め駈に近寄っていく。


「本当かなあ?? 先週も確かこの時間に帰ってきたよね??」


「い、いやだから勉強だってば」


「金曜日だけ学校に残って勉強してるんだー、そうなんだー」


 早苗の口調は駈の言葉を信じたのか怪しんでいるのか、棒読みだった。しかし、信じてくれたのならそれでいい。早苗に結花のことが知られたら絶対に面倒くさいことになる。


「――ずばり女だな!」


「はあ!?」


 早苗の唐突な言葉に駈は驚きのあまり大声を出した。それにびっくりしたのか早苗は目を丸くさせたがすぐ言葉を続ける。


「だってさー、明らかに動揺してるし。そう思うじゃん」


「俺に限ってそんなことあるわけないだろ。本当に勉強していただけだから、ね?」


 焦りを見せる駈に疑いの眼差しを向ける早苗だが諦めたのか、ため息をついた。その様子を見た駈は胸をなでおろす気持ちになり、ほっとする。


「私はおにいの味方だから失恋したら慰めたる!」


「だからそういうのじゃねぇよ!!」


 早苗は涙が出るほど笑い、駈はそれを見ながら呆れた表情を浮かべていた。


 普段通りのやりとりに安心感を覚えていた。早苗は昔からこんな感じで、無邪気に過ごしている。そのおかげか友達も多く、中学生の頃はよくこの家に呼び遊んでいたらしい。そして遊び終わったら駈に何があったか話に来る。


「あ、そういえば最近同じクラスで仲良くなった女の子いるんだよね」


「へーそうなのか」


 このように高校に入学してからも変わらずその日の出来事を話してくるので、学校生活は順調なのだろうと安堵する。


「こはるんって言うんだけど。あ、あだ名ね。苗字が小春だからこはるん」


 ……こはるん?

 てか、今同じクラスで、苗字が小春と言ったか?


「へ、へー」


 突然出てきたあだ名に驚き、意味ありげな返事をしてしまった。しかし、早苗は気にも留めず言葉を続ける。


「こはるん面白くてさ、この前そーっと後ろから近づいて驚かせたのね」


 早苗は喜々とした表情を見せながら、坦々と続ける。


「驚かせることには成功したんだけど、こはるん急に自分のお尻を手で隠し始めたんだよね。もうそれが面白くて。普通口に手当てたりしない?」


「何が面白いのかわからんな……」


 駈は早苗の話しを聞けば聞くほど、面白いかどうかなんてどうでもよくなっていた。


「えー、面白いじゃん。あとね、名前が超かわいいの。『ゆいか』っていうんだけど、超かわいくない?」


 やはり、早苗は『小春結花』のことを話しているようだった。お尻を隠したのは尻尾の存在に気づかれたくなかったからだろう。今思えば制服も同じだったような気がする。こんな偶然があっていいのだろうか。


「ま、まあ……。てか、俺のご飯は?」


「……あ、食べちった、てへぺろ」


 普段から両親の帰りが遅いため夕食は駈と早苗の当番制なのだが、駈の分が見当たらない。疑問に思った駈は話を逸らすように早苗に問いかけたのだが、反省した様子を見せずふざけた表情をしていた。


 駈はその様子を見て、ここまで楽観的で突発的な行動を起こす早苗に結花との関係は絶対隠してやろうと決心した。

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