第5話 向き合う覚悟
女の子はくしゃくしゃになった顔を整えていた。その後、少し落ち着いてきたのか、俯いていた顔を上げ
「……でも、確かに気にし過ぎていたかもしれないです。いつかはこの問題と向き合わないといけないですし、切り替えていきます!」
「お、おう。無理しない程度に頑張れよ」
「了解です!!」
真っ直ぐな瞳と切り替えの早さに圧倒されながら、無責任な言葉を返す。それでも女の子は真剣な表情を変えず、本当に向き合うことを決めたのだと伝えてくる。
駈は
『向き合わないといけない』問題があるのは駈も同じで、勝手に自分と比べてしまい落胆してしまっていた。女の子は変わろうとしているのに、自分は何もせず諦めて同じ時間を過ごそうとしている。
「……どうかしました?」
女の子は急にうずくまりながら静かになる駈が気になったのか、心配そうな顔をしながら声をかけた。
「いや、何もないよ。大丈夫」
駈はそっけない返事をし、そのまま顔を上げる。
この丘に来てから初めて嘘をついた。
これは自分の問題であって本当のことを話す理由がないのだ。だからと言って罪悪感を抱いている訳でもなく、後悔する必要もない。
しかし、どこか哀しい気持ちになってしまう。駈は行き場のない感情に戸惑いを覚えるが、表に出すことはなかった。
その間、女の子は頬杖をつき考え事をしていた。
「うーん……。向き合うとしてもどうしたらいいんでしょう?」
「あー、どんな状況でも尻尾を出さないようにするとか?」
「……それです!!」
駈は食い気味に放たれた言葉に驚いたが、そんなことを気にも留めず女の子は言葉を続ける。
「結局、あの時泣いて出てきたのが原因なので、コントロール出来るようになれば気にすることがなくなるかもです」
自分のアイデアに感嘆したのか、喜々とした表情を浮かべながらにじり寄る女の子に駈はたじろいだ。確かに一理あるが、その行動で結果が出ず、また同じようなことが起きたら――。
「なので、三橋さん手伝ってください!!」
駈は突然言われた言葉の意味を理解出来なかった。手伝うとはどういうことなのだろうか。ドッキリみたいなことをして驚かせたり、おもしろギャグをして笑わせたりとか、こういったことをしろと言っているのだろうか。
「手伝うって何を……?」
様々な可能性を考えたが答えが出ず、間抜けな声で返事をする。
耳と尻尾が出ないようしたいから手伝ってほしいと言っていることはわかっていたはずなのに。
「感情が高ぶっても尻尾が出ないようにするのを手伝ってほしいんですよ。例えば、三橋さんが面白いことをして笑わせるとか!」
「……それは専門外だから他の方法でよろしく」
女の子は楽しそうな表情をしながら案を出してきた。しかし駈はどうしても嫌なのか手を横に振りながらキッパリと断る。滅多に人と話さないのに笑わせろなど、あまりにもハードルが高すぎる。
ここで駈は一つの疑問が浮かび上がり、女の子に問う。
「笑わせるって言ってるけど、もう笑っていないか? んで、尻尾も出てないぞ」
「あ、確かにそうですね」
女の子は今更気づいたらしく、照れているのか若干頬が赤くなっていた。自分のことなのだからとしっかりとしてほしいと言わんばかりに呆れた表情をしていた駈は続ける。
「もしかして普段から笑ってる? 学校で友達と話している時とかさ」
「なんかその言い方、私がいっつも笑ってる変な人みたいなんですけど。まぁ、普段からこんな感じですね」
「じゃあ、笑うってことに関しては大丈夫だと思うぞ」
女の子は何言っているんだこの人と思っているのか、首を傾げていた。普段からこの様子なのだとしたら、よほど面白くおかしいことが起きない限りは大丈夫なのだろう。
しかし、笑う以外に関してはどうなのだろうか。疑問に思った駈は女の子を驚かせようとする。
「あ、髪の上に虫」
「えっ!? ちょ、取ってください!!」
急な出来事に慌てふためく女の子を見て少しやりすぎたと罪の意識を感じながらも、腰元に見えるそれに目がいった。毛が生えていて、モフモフで、横に激しく振られているそれは狐の尻尾そのものだった。
「……冗談だよ。つーか尻尾出てるよ」
「冗談って……え!? 本当だ、尻尾出てきてる……」
本人は気づいていなかったらしい。女の子は最初こそ驚愕の表情を見せていたが、すぐに新しい発見をした子供かのように目を輝かせ、腰から生えている尻尾を見ていた。
「ということは来週からは『驚き』をテーマに修行ですね! 目一杯、私を驚かせてください!」
「目一杯って……あ」
ふざけた女の子に
駈が通う高校では再来週、考査があるのだ。だから来週の放課後はすべて考査対策に費やそうと思ってたのだ。
「来週は勉強しようと思って。再来週にテストがあるんだよね」
「そう、なんですか……」
駈の言葉を聞いた女の子の表情は曇っていき、出たままの尻尾も先ほどの元気を失ったのか垂れていた。尻尾があるとより一層感情が強く伝えられる。
「テスト終わってからも夏休みがすぐに来るし、会いづらくなるかもね」
「それなら次いつ会えるかわからないですね……」
さらに表情を曇らせる女の子は言葉を発するための声も耳を近づけてやっと聞こえるほどの大きさしかなかった。
確かに、このままだと駈たちの計画が遂行されることはなくなってしまう。どうしたものかと駈はそのまま考え込んだ。
「……連絡先」
「ん?」
「連絡先交換しませんか! そうすれば会えなくても話せますし、会う予定だって決められますし!」
駈は女の子の唐突な提案に驚きを隠せず、口を開けたまま固まってしまった。
異性とこういう経験をしたことが少ない駈が動揺していると、女の子はスマホを寄こさないか言わんばかりに手を差し出してくる。スマホを渡し、返されたときには『友だち』に見知らぬアカウントが追加されていた。
「あ、それ、『ゆいか』って読みます」
駈の表情を汲み取ったのか、女の子はすぐさま読み方を教えてくれた。
「改めまして。これからよろしくお願いします、三橋さん」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
変に緊張していた駈は敬語で返事をしてしまい、焦りを見せる。
それを見ていた女の子――
駈は不意に尻尾が気になり確認したが、いつの間にか引っ込ませていたようだった。
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