第4話 泣いていた理由

 かけるは高鳴る鼓動を何とか抑え込もうと、息を深く吸い込み、吐く。

 それをいくらか繰り返し、落ち着いてきたところで言葉を発した。


「……あー、びっくりした。今後こういうことはやめてくれ」


「じゃあ、さっきの驚かし方はやめますね、次を楽しみにしてください!」


「い、いや、驚かせないで普通に声かけくれればいいから……」


 駈は終始微笑んでいる女の子に圧倒されていた。まだ会うのは二回目で、前回もそこまで話していないのによくからかえるものだ。やられて心地いいとは思えないが、不快感を得られることはない。


 駈は色々な気持ちが交錯してどう対応すればいいかわからず、一人で勝手に焦っていた。女の子は次のいたずらを考えているのか口元を緩ませながら駈の隣に座る。


 そこからお互いに話を切り出せないのか、沈黙が続いた。


 その時間は永遠のように感じ、思考だけが加速していく。話すという目的がある以上、何か話題を出していくしかない。自分から話しかけるなんてここ最近してない駈は、緊張で胸が張り裂けそうになっていた。


「そういえば、この前まだ話したいことがある、みたいなこと言っていたけど」


「は、はい!」


 女の子は緊張しているのか、背筋を伸ばし、かしこまった姿勢で勢いよく返事をしてきた。言葉を遮るように返答したことに気づいたのか、慌てふためく。


 駈はその様子を見て互いに緊張していることを知り少しばかり心が落ち着いたのか、なだめるように遮られた言葉を続ける。


「――尻尾見られたことに対して怒ってたり、する?」


「……へ?」


 突然言われた言葉に対して素っ頓狂な声で返したと思えば、急に女の子は腹を抱えて笑い出す。駈は一週間熟考して出した答えを口にしただけなのに、なぜ笑っているのかと疑問符を浮かばせた。


「そんなことで怒るわけないじゃないですか。おかしな人ですね」


「い、いや、先週声かけた時尻尾が見えて、泣いていた理由もそれなのかなーと……」


「……でも、あながち間違いではないですよ」


 いつの間にか女の子の表情は曇っていた。うわずっていた声も沈み込み、先ほどまで澄んでいた空気が淀んでいくのを感じる。


「三橋さん、実は私、妖狐の末裔なんです。狐の耳と尻尾が生えているんです」


 淀んだ空気を引き裂くように、真剣な眼差しで駈を見ながら言う。


 突然のカミングアウトに戸惑いを隠せなかったが、一度尻尾を見てしまっているからと我に返り相槌を打つ。


「……あれ? 驚かないんですか?」


「驚くも何も、一度見ちゃっているから受け入れるしかないって言うか。あ、でも耳も生えているってことには驚いたかな」


 いざ心を決めて放った言葉に動揺を見せず、坦々と並べられる言葉に女の子は目を丸くした。


「……驚いていないならそれでいいですけど。でも本題はここからです」


 不貞腐ふてくされた顔とぶっきらぼうな態度を取ったかと思ったら、また女の子の表情が消えていた。感情が激しく入れ替わるなんて、なんて忙しい子なのだろう。


「この耳と尻尾のせいでいじめられたことがあるんです。それが今でもトラウマで……」


 唐突に放たれたその言葉に駈は得も言われぬ気持ちになり、黙ることしか出来なかった。



 ◇◇◇



 女の子は過去にあったことを渋々話してくれた。


 時々暗くなる表情に駈は心配しながらも、疑うことなく真剣に聞いた。今でもトラウマだと言っていたのに、よく話してくれたと思う。


 トラウマが生まれたのは小学生で休み時間に鬼ごっこをしていたときだったらしい。鬼から逃げている途中に石を踏んで足をひねり、あまりの痛さに泣いてしまったのだという。


 その時に尻尾が出てきてしまい、一緒に遊んでいた子たちは口を開けたまま何も言わなかった。ここまではよかったのだが、その時遊んでいた一人の男の子がその尻尾を見て一言。


『お前尻尾生えてんのかよ!! バケモノじゃん!!』


 小学生は無邪気で思ったことはすぐ言葉にしてしまう年頃であると思う。しかし当時はその無邪気さが裏目に出てしまい、泣きっ面に蜂状態に陥らせてしまった。この一言がきっかけで女の子は学校に行きづらくなり、結局転校してしまったという。


 転校してからも言われた一言が頭の中に植え付けられ、人前で感情を表に出すことが苦手になったという。


「――それで今年高校に入学して、これまで通り静かに過ごしていこうとしたんです。けど、当時遊んでいた子が、尻尾を見た人が高校いたんです」


「もしかして先週泣いていたのって……」


「そうです。先週それに気づいてまたひどいこと言われるんじゃないかって。そう考えたら怖くなって……」


 人によっては「そんなことで」と思ってしまうかもしれない。けれど、女の子にとっては言われたくなった一言なのだ。ただみんなと楽しく過ごしたかったのに、たった一言で、たった一つの行動で叶わないものになってしまう。駈と似たところを感じるが、少し違う。


「感情が高ぶると、耳とか尻尾が出てきてしまうってことなのか……」


「はい。耳は滅多に出てこないんですけど、尻尾は出やすくて……」


 女の子は気持ちが沈みきっているのか、終始表情が暗かった。それほど真剣に悩んでいて、どうにかしたいと思っているのだろう。


「……急に暗い話をしてごめんなさい! ただ怒っていないってことだけわかってくれれば……」


「大丈夫だよ。怒っていないのは伝わったから。けどそんなに気にすることかな」


「……え?」


 駈は自分で言った言葉にハッとする。


 本音が声に漏れてしまっていたのだ。女の子は泣き出してしまうほど気にしていると言うのに、さらに傷を深くしてしまう言葉を放ってしまった。けどそう思ったのは少なくとも――。


「少なくとも俺は気にしていないよ。尻尾とか以前に一人の女の子じゃん。気にしていたら、またここに来てないよ」


 駈が言ったことに驚きながらもしばらくすると、女の子は感情が込み上げてきたのか、ぼろぼろと泣き始めた。


「ご、ごめん!! そんなつもりは……」


「だいじょぶでふ!! うれし泣きです!!」


 女の子の表情は、どういう訳か笑顔が混じっていた。


 本当に、泣いたり笑ったり、忙しい子だ。

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