第9話 第9章
梨乃が意識を失ってどれくらいになるだろう。
梨乃はその間にいろいろなことを考え、最後には占い師の話に行きつく今の自分ができる発想を思い浮かべていたことを意識していた。
しかし、その意識はどこで生まれたものなのか分からなかった。
――夢を見ていたのかしら?
夢だと言われると、確かに夢のようにも思う。だが、夢だけに限定できないのは、意識が戻ってきてから、考えていたことをハッキリと覚えているからだ。
夢を覚えていないことの一つの理由として、
――現実と夢の世界ではあまりにも差がありすぎるからだ――
と考えることができる。
それは距離という意味が一番大きな意味を持っている。ただ、それは遠い近いという遠近感覚の問題ではない。時間的な距離もあるのかも知れない。現実世界のように必ず規則正しく刻んだものが、前しか向いていないという、将棋の「歩」のような動きしかしない。「香車」のような動きをしているように意識の中ではあっても、実際には、一歩ずつしか動けないのが現状だ。もし一足飛びに飛び越えたような意識を持ったのなら、必ずどこかでその反動が生まれるはずだ。そのことを梨乃は、今知ったような気がしていた。
目が覚めるのに、時間が掛かることについても、理屈で説明できる気がしていた。目が覚める時というのは、夢から覚める時と同じだと思ってもいい。
「夢から覚めるのは、トンネルを通るようなものだ」
それは、以前に読んだ小説に書かれていたフレーズであった。この小説の内容はほとんど覚えていないが、このセリフだけは覚えている。どんな小説にも読んでいると、
――なるほど、感心させられるわ――
と思うようなことがあるもので、それがシチュエーションだったり、フレーズだったりとまちまちである。感心させられる事柄が多いと思う小説を、
――読んでよかった――
と思うのだろうと、梨乃は感じていた。
梨乃が目を覚ますと、そこには蔵人がいた。
――まだ夢の続きなのかしら?
彼の顔がそばにあり、身体に不自然な汗と、暖かな密着感があったからだ。意識が戻って来るうちに、そこがホテルの部屋であることが分かってくると、
「どうして?」
という一言しか出てこなかった。
だが、その一言がすべてを物語っているような気がする。夢を見ていた内容だとすれば理解できないわけではない。妄想とすれば、十分に許されることだったからだ。だが、妄想でなく、これが現実だとすれば、梨乃には理解できないことがあまりにも多すぎる。何も知らないに等しい相手とこのようなこと、今までの自分なら信じられないからだ。
――今までの自分?
それは、どの段階での「今まで」だと言えるのだろう?
梨乃は最近夢や占い、そして妄想について、いろいろな発想をするようになった。今までも発想はしていたが、妄想となると話が違う。
ただ、妄想もしていなかったわけではない。妄想していたとしても、いつもすぐに行き詰まり、気が付けば堂々巡りを繰り返している。どこかに壁があって、そこを突破することができないのだ。
妄想というのは、自分の中にある欲求不満のはけ口のように思っていたので、あまりいいイメージではない。それ以上の突破ができないのは、
――壁があるからといって、いいイメージではない妄想の壁を突破して、何になるというのかしら?
と感じるからだった。突破して、そこから先、未来が見えてくるのであればそれでいいのだが、却って逆行してしまうのであれば、ロクなことにはならない。そう思うと、壁の存在すら意識することもなく、突破も叶わないのだろう。突破できたことで初めて知った壁の存在。それはまるで目からウロコが落ちたような感覚だった。
壁の向こうには、まったく違った妄想が広がっていた。
なぜなら、堂々巡りを繰り返していたことに気が付かなかったくらい、妄想に限界を感じていなかったのだ。いつも同じところで終わっていたのは、
――今の私には、ここまでしか考えられないんだわ――
というのは、自分がまだ夢に対して未熟だったことを意識していたからだ。
妄想という、あまりいいイメージのないものを、
――ひょっとすると違う考えもできるのかも知れない――
と感じるようになったのは、「個性」ということを考え始めてからだった。
個性という言葉にはいろいろな捉え方がある。
普通、個性はいい意味で捉えられることが多いだろう。それは狭義の意味での個性であって、性癖を含めたところの広義の意味での個性を考える人はあまりいない。
一つの言葉に、いいイメージ、悪いイメージ、両方を持つことは意外と難しいのではないだろうか。どうしても、狭い意味での個性しか目を向けない。性癖を個性だと言ってしまうと、バカにされかねないという思いもあり、そこで柔軟な発想を失わせることになってしまうのだろう。
「俺は若い子が好きだからね」
ベッドの中で、蔵人が呟いた。
梨乃は完全に目を覚ましたわけではなかったので、蔵人の言っていることを意識を失っているふりをしながら聞いていた。
蔵人の呼吸が聞こえる。ホテルの部屋に彼の吐息が響いているのだが、不思議なことに吐息と呼吸とが微妙にリズムが違うように感じられた。
――えっ? 他に誰かいるの?
一瞬、梨乃はビックリして、少し身体を固くした。そのことを蔵人は気付いていないのか、それとも梨乃が無意識に快感に身を捩ったように感じたのか、どちらにしても、気付かれなかったことでホッとした梨乃だった。
ホッとして、もう一度意識を集中させると、今度は呼吸と息遣いのリズムが一致していることを感じ、
――さっき感じたのは、気のせいだったんだわ――
と思った。
それにしても、蔵人の言った言葉の意味はどういうことなのだろう? 梨乃と蔵人は同い年ではないのか?
――いや、それより、このシチュエーションは何なの? 意識を失った女の子をホテルに連れ込んで、身体を蹂躙しているというのは……
これでは犯罪ではないか? 小説やドラマではちょくちょく見る内容だが、まさか自分がこんなことになるなんて思ってもみなかった。
蔵人は梨乃が気が付いていることを知らない。
梨乃の身体にずっと愛撫を加えているが、それは単調な動きだった。強弱をつけているわけでもない。身体を貪るようなことは当然していない。強引にしてしまうと、梨乃が目を覚ましてしまうと思ったからだろう。
――私が目を覚ましたら、どうするつもりなのかしら?
そう思うと少し怖くなった。それでも、彼は愛撫以上のことをしようとはしない。女としての敏感な部分に手を触れようとはしないのだ。愛撫といっても。胸に指を這わしたり、ほほを撫でたり、髪の毛を触ったりするだけだった。まるで赤ん坊が母親の身体を触っているような感覚である。
――どうして、それ以上触ってこないのかしら?
そう思うと、梨乃の胸のあたりが濡れているのを感じた。
――泣いているの?
それは蔵人の涙だった。その涙の意味がどういう意味なのかさっぱり想像がつかない。自分の欲望が満たされた悦びの涙なのか、それとも性癖を満たすためとはいえ、相手の意識のないのを利用しようとしたことへの自責の涙なのか、それとも、本能のままにしてしまったことを、後から理性が考えて生まれた後悔の涙なのか、蔵人が何を考えているのか、梨乃にはまったく分からなかったのだ。
ただ、一つ気になったのが、
「俺は若い子が好きだからね」
と言った言葉である。
言葉の意味もそうなのだが、梨乃が気が付いてすぐに聞こえた言葉だったのだ。
それは、彼が最初に呟いた言葉なのか、それともいろいろ呟いている中での一言なのかでニュアンスが変わってくる。
もし、最初に言った言葉であれば、偶然なのか、それとも梨乃が目を覚ますのに合わせたかのように蔵人の意図がそこに含まれているのかということである。
それまでにいろいろな言葉を吐いているのであれば、偶然だというニュアンスが一番強いに違いない。
梨乃は、前者のような気がして仕方がない。そして、どうしてそう思うのかというと、
――彼に偶然という言葉は似合わない――
という思い込みからであった。
そうなれば、この言葉は、彼が意図して梨乃が目を覚ますのを見計らって言ったということになる。
――では、その言葉の意味はどういうことになるのだろう?
梨乃と蔵人は同い年ではないか、さっきの「お見合いもどき」のような席で自己紹介した時に、確かに同い年だということを確認したはずだ。
蔵人は梨乃を同い年という目で見ておらず、若い子のつもりで見ていたということであろうか? それとも、自分がベッドの中で、年を取ってしまったという感覚でいるということなのだろうか。どちらにしても梨乃にとって、この場にいることへの違和感よりも、彼が呟いた言葉の方が気になった。そして、その時に一緒に流した涙の意味がどこにあるのか、梨乃には想像の及ばないことに思えてならなかった。
――ひょっとして、これも夢なのかも知れないわ――
「笑えない小説」でもあったではないか、
――眠れないという夢を見ていた――
という発想である。
夢から覚めたと思っているが、それが、夢から覚めたという夢を見ていることであれば、説明はつきそうな気がする。
すると、梨乃は別の発想が頭に浮かんだ。それは、無限大の発想で、自分を中央に沿えて、両側に鏡を置いた時、鏡に映っている姿は、永遠に自分の姿を映し出している。それはどんなに小さくなろうとも限りがあるものではない。無限に続く発想で、
――これも他の人と少し違ったイメージで見ている――
という自分を意識していた。
梨乃は、無限に続く発想を、無限ということに注目するよりも、続くということに注目していた。それは、
――無限という発想が、続くことでしか成立しない――
という考えでいるからだ。
続くことが無限に繋がっているが、続くことすべてが無限に繋がるわけではない。しかし、無限というものは、続くことが必須であって、続かない限り、無限もありえないという発想であった。
もう一つ思い出したのは、梨乃が東北に旅行に行った時に気になって買ったことがある民芸品であった。
それは少し大きな箱であり、箱の中にはまた箱が入っている。どんどん開けていく中には箱しか入っておらず、最後は、豆粒ほどの箱だったように思えた。
箱を開けていき、それをどんどん横に置いて行くと、まるで階段のようになる。
――次第に急になる階段――
ただ、見た目は、頂点を結ぶと一直線である。
それを急になったと感じるか、一直線と感じるか、それも人それぞれであろう。梨乃はその時、急になっていく階段を思い浮かべた。今同じものを見てもきっと同じ発想をするに違いないと思うのだが、それは、
――見た目だけを信じないようにしよう――
という発想が、梨乃の中にはあるのかも知れない。
しかし、次第にこれが夢ではないことが分かってくる。梨乃の胸は蔵人の涙でしとどに濡れ、端の方から乾いてくるのを感じるからだ。それは梨乃の身体が暖かいのを示している。夢の中でそこまで感じるなどということはありえないだろう。
梨乃がまだ寝ていると思ったのか、蔵人は嗚咽を繰り返す。何がそんなに悲しいのか、梨乃は考えてみた。
――涙を流して嗚咽するのは、悲しいからだけではないのかも知れない――
と思いと、蔵人の中に不安が渦巻いているのではないかと思えた。
――不安を抱えている人間が、女をホテルに連れ込んだりするものだろうか?
少なくとも、梨乃の意識のない中で、ホテルの部屋に裸で寝ているのは間違いないようだ。それも夢でないとすれば、蔵人にとってこの空間は一体どういう意味を持っているのだろう?
梨乃はこのまま眠っているふりができなくなった。身体を少しずらして寝返りを打つようにすると、一瞬ビクッと蔵人は反応したが、驚きの雰囲気はない。
――私が目を覚ましていると思ったのかしら?
いや、そうではないのかも知れない。
不安だと自分で感じているようなら、いつ梨乃が目を覚ましてもビックリしないように用意をしていると考えて不思議はない。だが、急に寝返りを打ったことで、用意していた気持ちが追いつかなかったと考えるのが自然である。
少し身体を伸ばす仕草をすると、今度は、蔵人の身体が震えているのを感じた。やはり予期はしていても、その場面がやってくるとなると、ドキドキしている気持ちを抑えることができないのだろう。
伸ばした身体が硬くなってくるのを感じると、蔵人の身体にも硬さが感じられた。
――うわぁ、気持ち悪いわ――
お互いに身体が硬くなってしまったのを感じると、梨乃は鳥肌が立ってくるのを感じた。お互いに弾力があれば、それぞれに遊びの部分が残っていることで、身体を重ねていても、さほど違和感はないが、どちらも硬ければ、遊びの部分はなく、相手に合わせるしかなくなってくる。
しかし、相手も同じことを思っているとすれば、文字通りの膠着状態だ。もし自分から動いてしまえば、身体が攣ってしまうのではないかと梨乃は感じた。彼も同じことを考えているのではないかと思ったが、それならなぜ、自分が硬くしたのと同じように、彼も身体を硬くしたのか不自然である。
――まったく同時に身体が硬くなるような気持ちになったのかも知れない――
梨乃は、自分から身体を硬くしたというよりも、彼の身体との体温差が身体を硬直させたと思っている。
――相手の身体が暖かかくてこちらが冷たければ、こちらが硬直してしまう――
では、彼が身体を硬くしたのは、やはり梨乃の身体を暖かいと感じたからだということになるが、おかしな気がした。
だが、よく考えてみると、梨乃の身体の中心部は暖かいが、まわりは外気に触れているので冷たい。それは彼も同じはずなのに、彼の身体に触れていると、まるで身体の芯からの暖かさを感じているように思える。
相手の身体の暖かさを感じる時、それは相手の身体の芯の暖かさを感じているのだ。表面を最初は感じても、次第に体温が伝わってくる。それは、お互いに相手の身体の暖かさを求めているからで、身体を重ねることの意義のようにさえ思えてきた。
最初に感じた気持ち悪さだったが、すぐに紛れてきた。それは、身体に驚きが走り、それが電流となって、身体を一気に駆け巡るからだ。駆け巡っている間に、身体全体のバランスを得ることができ、硬くなった筋肉が、すぐにほぐされてくるのだ。それは彼も同じことのようで、柔らかい暖かさが身に沁みるようになる。
――抱きしめられたい――
男と女が抱き合って、お互いに求めるのは、一気に身体を駆け巡った体温が、神経を刺激するからだ。
――では、その体温の正体とは一体?
ここまで来ると、疑う余地もない。
――血液だわ――
身体を駆け巡るのは、血管を通る血液だと考えるのが自然である。
もっとも、詳しく分析しているかのように書いたが、これは、誰もが本能で分かっていることではないかと思っていた。
この不思議な環境で、梨乃は、相手の身体を求めている自分を感じた。
――しかし、本当に蔵人は、私の身体を求めているのかしら?
このような環境に持ってきたのは、梨乃ではなく蔵人なのに、どうして蔵人の気持ちを疑う必要があるのだろう?
気になったのは先ほどの蔵人の涙だった。
梨乃は自分の身体に違和感を感じない。蔵人が自分の身体に侵入してきたという感覚はないのだ。蔵人が梨乃をここに連れ込んでどれほどの時間が経っているのか分からないが、蔵人は、梨乃を自分のものにしたわけではなかった。
――じゃあ、あの涙の意味は何なのかしら?
蔵人が梨乃を自分のものにしようという意思はあるが、できなかったのかも知れない。それは男としてできなかったのか、相手が梨乃だからできなかったのか、想像はつかない。梨乃の目は完全に覚めていたが、その蔵人の精神状態もかなり落ち着いていた。仰向けになって、天井を眺めているようである。
「起きたのかい?」
蔵人は、いつの間にか梨乃の目が覚めていることに気が付いていたようだ。梨乃が思っているよりも落ち着いている。
「ええ」
「この状況にビックリしているんだろう?」
「当然でしょう? 私はまったく意識がないのよ」
「すまない。でも、君は意識がなかったわけではないんだよ。意識はあったんだけど、普段の君とは違っていた」
「普段の私を知っているというの?」
梨乃はビックリした。
蔵人とは、子供の頃から会っていない相手である。本当に久しぶりなのだ。
「ああ、知ってるよ。君は気付いていないかも知れないけど、いつもそばにいたのさ。まるで影のようにだったんだけど、そういう意味では、僕は君を見失ったことは今までになかったのさ」
「そんなことってあるのかしら?」
「それは君だけにではなく、誰にでもあることなんじゃないかな? 誰も自分のまわりにそんな人がいるなんて気付いていないから、話題にすることはない。追いかける方には見えていても、追いかけられる方は背中を向けているから気が付かないのは当たり前の話だよ」
「それって、あなたの話をそのまま解釈すると、必ず皆誰かに追われて、誰かを追いかけているってことになるわよね?」
「うん、気が付いているか気が付いていないかだけの違いなんじゃないかな? もちろん気付いていない人には、人を追いかけているという意識もない」
「そこが分からないのよ。追いかける人も追いかけられる人も、それぞれ気付いていないのであれば、何もないのと同じじゃないのかしら?」
「だから、それは表に出ていることだけしか見ていないからなのさ。少し考え方を変えたり、見方を変えると、きっと、意識できるようになるんじゃないかな? 僕だって、人に言われて初めて意識するようになったのさ。意識しているからこそ、分かるようになったのさ」
「まるで夢のようなお話しね」
「そうだね。でも、夢の中でだって気付くことがあるかも知れないよ。夢の中にいる「もう一人の自分」という存在を意識することができれば、きっと気付くかも知れないからね」
「夢については、何となく分かるような気がするわ」
「それに半分という発想も大切かも知れない。半信半疑という言葉があるが、それくらいの気持ちでいた方が気付くことがある。人によっては、半信半疑というと、中途半端に聞こえてしまって、信憑性を疑う気持ちになってしまうだろうからね」
「そうですね、中途半端という思いは誰もが嫌がるような気がするわ。私も今までに中途半端な気持ちになるのを嫌って、気が付けば結論を先読みしてしまいそうになっているのが分かるもの」
――結論の先読み?
梨乃は、ここまで話をしてきて、自分の中にある小説を先に結論から読んでしまうくせについて考えされられた。
しかも、目の前にいて、そのことを考えさせようとしている蔵人も、同じように小説を結論から読もうとしている人だというではないか。
――繋がったわ――
蔵人と自分が再会し、身体を重ねていることは別にしても、話をしていく中での二人の共通性についての理屈的なところが納得できるような発想として、やっと繋がったという気持ちにさせられた。
「本当に不思議だわ」
梨乃は、隣に蔵人がいるのに、思わず独り言ちていた。
誰かが誰かを追いかけているという発想を、梨乃は以前から持っていたことがあった。ただ、それは、
――違う時間の自分――
という発想であった。
梨乃の中に、絶えず、
――もう一人の自分――
という発想があったが、それは同じ時間では存在しえない。たとえば、五分前を歩いている自分と、五分後を歩いている自分というような発想であるが、それであれば、果てしない数になってしまう。それこそ、
――両側に鏡を置いた時、鏡に映っている姿――
のイメージではないか、自分の発想は時々、まったく違ったところで繋がっていることを証明しているかのような感覚になってしまう。
梨乃は、自分で考えていることを半分信じようと思うようになっていた。
「実は、俺は君の大学時代くらいを追いかけていたような気がするんだ」
「それはどういうことなの?」
「君は今の実年齢よりも、考え方が実際には大学生の頃の君がすぐ後ろから追いかけてくるように見えたんだ。俺はその大学生の君を見つめていた。だから、その女の子が、まさか小学生時代の知り合いだとは思いもしなかったんだよ」
「それはいつ知ったの?」
「多分、君と同じ時じゃなかったかな? 君もさっき紹介された時に知ったんだろう?」
「ええ、そうね」
梨乃は、続けた。
「あなたは、その女の子とお話したことはあるの?」
「ないよ。俺は女の子に声を掛けられるような性格ではないからね。でも、今の君に対してだけは違うんだ。不思議と今の君のことはいろいろ分かっているような気がするんだ。でも、気になっている大学生の女の子が、前を歩いている本当の君だったとは、思ってもみなかった」
――私はやっぱり夢を見ているんだ――
と感じた。
蔵人の話は、まるで梨乃の中にある潜在意識が、蔵人という男を借りて、梨乃に見せているように思えたからだ。だが、身体に感じるものはリアリティに溢れている。頭で理解できることと身体が反応することとでは、繋がりがあるのだろうか?
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