第7話 第7章
男性が梨乃を見つめている姿をまわりから見ると、梨乃が萎縮して見えるか、それとも、まるでお見合いの席のように、照れから、モジモジしているように見えるに違いない。見え方は人それぞれであろうが、まったく違う雰囲気に見えてしまうというのはおかしなものである。
簡易のお見合いのようなものだが、実際にはまったく違った様相を呈していた。梨乃には子供の頃の後ろめたさが多少なりともある。だから、彼に見つめられると、申し訳ないという気持ちが表に出て、身体が動かなくなり、萎縮した姿に見えてしまう。実際に萎縮はしているが、
――その理由を人に知られてはいけない――
という思いが強く、梨乃にとっては、とてもこの場にいられず、一刻も早くここから立ち去りたいという思いになっているに違いない。
「場所、変えましょうか?」
これが助け舟になったというべきなのか、彼がどこに案内してくれるのか、怖かったが興味もあった。少なくとも人の紹介で知り合った相手に対し、変なところに連れ込むことはないはずだ。
「行きつけのバーがあるので、そこにしましょう」
「ええ」
梨乃も自分の行きつけのバーがあるので、バーという店の雰囲気は分かっていた。会話するにも事欠かないし、一人で佇むにもいい雰囲気を出している。一人もしくは二人が行くところという感覚が強く、この人が、バーという空間の中で、どれほどの存在感を示すのか、興味があったのも事実だった。
あまりアルコールは強くない梨乃は、食事を楽しむ雰囲気が好きだった。馴染みのバーのマスターは、結構雑学を知っていたりして、会話には事欠かない。一人佇みたい時は、雰囲気で分かるのか、話しかけられることもない。
――癒しの空間――
それが梨乃にとってのバーの雰囲気だった。
彼が喫茶店を出る時に自分の名前を明かしてくれた。
「僕の名前は中里蔵人と言います」
やはり少年の名前だった。
「私は、梨乃。塩崎梨乃と言います」
というと、
「梨乃さんですね。いいお名前です」
と、感心していた。彼には、梨乃が小学生の頃の同級生である梨乃だと気が付いていないのか。名前を聞いてもピンときていないようだった。
――あれだけマゾの部分を見られた相手に、ここまで意識がないなんて、完全に違う人になってしまったということなのかしら?
見る限り、マゾの雰囲気は残っているが、それは梨乃が彼のことを最初から分かっていて、意識していたからだ。
――ということは、私は最初から彼を意識していて、何かを期待しているということになるのだろうか?
と思ったが、それではまるで梨乃が彼よりも、自分の方が求めていることを認めないといけなくなってしまう。それは小学生の頃の立場関係から考えて、あってはならないことだと思った。
梨乃は、彼を見た時、
――あの時のことがまるで昨日のことのようだ――
と感じた。
時々、まるで昨日のことのようだという言葉を聞くが、蔵人に限っては生々しさがあった。
――彼の方なのか自分の方なのか、どちらかが、一気に時間を飛び越え、今の世界に飛び出した――
という感覚に陥った。
今の今まで、自分にはそんなことはありえないと思ったが、彼と二人きりだと思うと、子供の頃の彼との関係を思い出し、その間にあったはずの時間がなくなっていて、穴すら開いていない状況に陥るのだった。
まるで夢のような感覚だが、半分は本当のことのように思える。夢のように思うことが、最近多い梨乃にとって、夢だと思えば夢になってしまうような曖昧な感覚が襲ってくるのは、
――半分が夢の世界で、半分が現実の世界を見ているからなのかも知れない――
と感じるからだった。
梨乃が蔵人を紹介されて、
――こんな偶然あるわけない――
という思いだが、もし、これが夢だとすると、
――何でもありでも不思議ではない――
と思うのだ。
逆に全部が夢だと思ってしまうと、夢とは潜在意識が見せるものだという意識の中で、すべてが夢の世界であると思えば思うほど、
――ありえないことを夢であっても見ることはできないはずだ――
と感じることだろう。
半分が現実で、半分が夢だと思っている時の夢の側の世界だけが、現実から見ると、何でもありのように感じられてしまう。
「中里さんは、ミステリーを最後から読むとおっしゃってましたけど、どうしてなんですか?」
思い切って聞いてみた。それによって、自分の知っている蔵人と今の彼との間の溝が、少しでも埋まるのではないかと考えたからだ。
「そういえば、どうしてなんでしょうね? 昔、何かきっかけがあったような気がしたんですが、忘れました」
あっけらかんと言ってのけて、笑っている。
「実は、私も同じように小説を最後から読むくせがあるんですよ」
と言うと、
「ほう、それは奇遇ですね。僕たちは気が合うかも知れませんね」
彼はそれほど驚いていない。むしろ、考え方が同じことで、気が合うという方に気持ちが行っているようだ。梨乃の思いは、小説をラストから読むなどという人は、それほど多くないと思っている。同じような考えの人がいれば、仲間ができたような感覚になる人か、素直に驚く人かのどちらかだと思っていたが、彼は前者のようだ。
梨乃の知っている蔵人であれば、絶対に後者だと思ったのに、どうしたことだろう。やはり、知らない間に、人間というのは、簡単に変わってしまうものなのだろうか。
梨乃にとって、以前知り合いだった人と再会することは、特別なことだった。
あれは、二年前だっただろうか。昔知っていた人に再会し、胸ときめかせたことがあった。
高校の時に好きになった初恋の人だった。その人は、すぐに梨乃を分かってくれたようで、それが嬉しかったのだが、不覚にも梨乃にはすぐに分からなかった。
「ごめんなさい。すぐに分からなければいけなかったんですが、高校時代ぶりですよね?」
「そうだね。十年近くになるかな? でも覚えてくれていなかったのは、少しショックだな」
彼は微笑んでいたが、高校時代の雰囲気とはどうも違って見えていた。
「どこが違っているの?」
と、聞かれてもハッキリとは答えられない気がした。最初こそ思い出せなかったのだが、一旦思い出してしまうと、好きだった相手である。いろいろなイメージが頭の中によみがえってきた。
――いろいろイメージがありすぎるからかしら?
好きになった人には、全体を見ようとしてしまうところが梨乃にはあった。人によっては、好きになったところだけを見つめていたいと思う人もいるのかも知れないが、それでは不安だったのだ。相手のすべてを知らない限り、好きになったとは言えないのではないかという気持ちだからである。
――きっと私は他の人よりも怖がりなんだわ――
今までに何度か感じた思いであった。怖がりだからこそ、すべてを知りたいと思う。一つどこかに不安を感じれば、そこから不安という綻びが大きくなり、限度を知らない恐怖が襲ってくると思っていた。
怖がりだということが幸いしたのか、再会した彼に対しても、全面的に信用ができないでいた。きっと彼から見ると、梨乃のオブラートが見えたかも知れない。オブラートはまわりから見れば誰にも見えないものだろう。だが正面から見ている人には見えている。薄い膜を目の前に張り巡らせているという雰囲気であった。
「僕は君のことが気になっていたんだよ」
「えっ」
高校時代には、恥かしくて告白などという大それたことができなかった梨乃だったが、相手も自分のことを好きだと分かっていれば、告白していればよかったと思った。
告白して付き合い始めたとしてうまくいったかどうか分からないが、どうなっていたかを思うと、気になってしまう。
告白できなかったことで、梨乃の中で勝手に彼に対して壁を作ってしまったのかも知れない。
「私も実はあなたのことが好きだったんですよ」
十年越しの告白だった。今さら告白してもどうなるものでもないが、一つの区切りとして心残りだったことを口にすることができたのはよかったと思う。
「何となく分かっていたような気がする」
――分かっていたんだ。私のどこで分かったのだろう?
ひょっとして、包んでいたオブラートが彼の目から見て、却って梨乃の感情が見えることに繋がったのかも知れない。オブラートは隠したいところを隠すのであって、本心は彼に自分の気持ちを分かってほしいというところにあったのだから、隠したいものではなかったはずだ。
彼が分かっていたと思うと、少し照れ臭かったが、もう十年も経っている。一口に十年というと、かなりの年月である。
梨乃にとっての十年は、いろいろなことがあり、いろいろ考えた時期だったが、あっという間でもあった。あっという間に過ぎたということは裏を返せば、一日一日が長かったと言えるだろう。梨乃は彼の十年も考えてみたが、人の性格を変えるのに、十年が長いか短いか、想像はつかなかった。
見た目は確かに十年前の彼だったが。少し話をしてみると、少し違っている。それは梨乃自身の目が肥えてきたというのもあるかも知れない。
何と言っても最後に会ったのは高校時代だったのだ。大学生活や卒業してから社会人としての数年は、それまでの年月と比較できないものがあるかも知れない。
梨乃は、彼を見ていて、明らかに高校時代のイメージのままではない。好きになった部分を梨乃は思い出していたが、ハッキリとは言えないまでも、イメージは湧いてきた。そのイメージは、再会した時の彼にはなかった。
――やはり付き合わなくて正解だったのかしら?
と梨乃は思った。もし付き合っていたとすれば、彼の本性が見えていたであろうし、嫌いになったかも知れない。今から思うと、彼は女性からモテる方ではなかった。梨乃だけが気になっていたので、競争相手がいたわけでもない。ただ、どうして他の誰もが彼に興味を持たないのか不思議だったのだ。
――彼は、自分の本性をしっかり隠している――
と思えた。
好きだった頃は、そんなことを考えたこともなかった。好きになった部分を見つめていれば、全体を見渡しても、嫌いになる要素はどこにもなかったのだ。
他の人と見る目が違うことは、梨乃にとって嫌なことではなかった。むしろ、それが自分の長所だと思っていた。だが、
――長所は短所と紙一重――
と言われるように、短所の部分も十分にあった。それを認識していなかったのが、高校時代の梨乃で、今はそれを思うと、
――私もまだまだだったんだわ――
と感じるようになっていた。
「もう一度、高校時代に戻ったつもりで、お付き合いできないかい?」
今度は彼の告白だった。
しかし、いきなりの告白に少し戸惑った。もし他の人だったら、速攻で断っていただろう。曲がりなりにも好きだった相手、
――そうね。高校時代に戻った気になるのもいいかも知れないわ――
と感じた。
「少し考えさせて」
さすがに即答は避けた。すると彼の口元がニヤリと歪んだような気がした。本当はその時に、
――ああ、やっぱりこの人とは高校時代までだったんだわ――
と感じた。
それ以上は何も言えず、その時はそれ以上の話はしなかった。
結局、高校時代の募る話を少しだけしかできなかったが、梨乃には新鮮な気がした。お付き合いを断るつもりではいたが、お友達としてなら、問題ないと思ったからだ。
それから数日して彼から連絡があり、
「そろそろ聞かせてもらえないかな? 告白への回答を」
前に一緒に行った喫茶店で、聞かれた。
「やっぱり、まずはお友達から始めたいと思うの」
というと、彼は、
「そうだね。そう言われるんじゃないかって思った」
それほどショックを受けている様子はなかった。
痩せ我慢なのかも知れないが、梨乃には彼が痩せ我慢をするイメージはなかった。痩せ我慢するのを見ると、どうしても恋愛感情としては、冷めてしまう。彼には痩せ我慢をしてほしくなかったのだ。
それが高校時代の彼へのイメージだった。
痩せ我慢をしている彼を見ていると、彼へのイメージがどんどんしぼんでいくのを感じた。彼にとっては、それが大人になった証拠だということなのかも知れないが、梨乃にはそうではなかった。
それ以来、たまに会っていたが、回数を重ねるごとに期間が長くなっていって、彼からの誘いもどんどん少なくなってくる。
梨乃も別段彼と会いたいと思うこともなくなり、次第に自分が彼に会うことがまるで義務感で動いているだけのように思えてならなかったのだ。
――これって自然消滅よね――
もう、お互いに連絡をしなくなった。今まで梨乃は付き合った男性と自然消滅というのはなかっただけに、
――本当に自然だわ――
と、思わず溜息が漏れてしまう。
好きだった人に再会し、その人に興味が湧いていたわけでもないのに、ズルズルと会っていただけだ。
彼は梨乃と肉体関係を迫ることはなかった。好きだと言っておきながら、オンナとして見ていないような感じだった。彼も途中から恋愛感情が失せてしまったのだろう。いつ切り出すかを戸惑っているうちに自然消滅。彼にとってもよかったのかも知れない。
――何か、釈然としないけど――
消化不良を起こしているようで、どうにもイライラ感だけが残った気がした。だがそれも仕方のないこと、とりあえず、
――付き合うことにならなくてよかったわ――
と思うと、今度は不思議なことに、時間を無駄にしたという感覚はなかった。
――まるで彼との時間はなかったことにできそうだわ――
アッサリとした考えなのだろうが、梨乃にとって悪いことではなかった。
それから、梨乃はしばらく彼氏がほしいとは思わなかった。そんな態度がまわりにも見えたのだろう。先輩社員が「おせっかい」を焼いてくれたのは、そんな梨乃を見たからであろう。
それにしても紹介してくれた人がまたしても、「再会」だというのも面白いものだ。しかも相当以前の知り合いで、梨乃の人生の中で半分に割ると、中学時代から高校に入学する時だと思っている。
つまり、高校時代までは、今の意識の記憶であり、中学時代から前は、封印された記憶を呼び起こすことになるのだ。
梨乃はその記憶を呼び起こすまでに結構時間が掛かった。ただ、一旦思い出してしまうと、結構記憶は繋がるもので、
――封印した記憶は、案外繋がっているものなのだわ――
と感じるのだった。
繋がった記憶の中で蔵人の記憶は、芋蔓式によみがえってきた。
――きっと他の記憶は、ここまで繋がって思い出すことはないだろう――
と感じるのは、今までに思い出そうとした中学時代以前の記憶だった。
途中で思い出すのを諦めたこともあるくらいである。
――思い出しても仕方がないわ――
それは、中学時代以前の記憶は、思い出したくもない記憶が多かったからだろう。
成長した記憶として高校時代から後ろがあるのだが、高校時代だけは、暗かった記憶が多い。中学時代とさほど変わっていないはずなのに、どうして自分が中学時代と高校時代で線を引くのか、その時には分からなった。
それは中学時代には思い出したくないとこがあったからかも知れない。
そういえば、中学を卒業する少し前、梨乃は占いを意識したことがあった。今と同じようなイメージだが、それは、
――今の自分を変えたい――
と、生まれて初めて感じた時のことだったからなのかも知れない。
占いと言っても、何かハッキリと決まったものではない。トランプに少し凝った時期があったので、友達が興味を持っていて、一緒に話を聞いた程度だった。話を聞いても詳しいことなど分かるはずもなく、漠然と聞いていただけだった。
蔵人は、梨乃との再会を喜んでいるようだった。
――変だわ――
梨乃の中にある蔵人のイメージは、
――私が苛めた――
というイメージしかなく、彼にとっては、人生の汚点だったのかも知れない。それは梨乃にとっても同じで、自分の性癖を思い知らされたことは恥かしいという思いと、それからどう自分に対して対処していいかを考えさせられるものだったのだ。当然彼も、同じように悩んだことだろう。梨乃のことを思い出したくもない記憶だと思ったに違いない。
だが、それは梨乃の勝手な思い込みだったのかも知れない。
それにしても、蔵人が梨乃と同じようなくせを持っているなど、ビックリした。確か梨乃が彼に対しての苛めの中で、ストーリーのラストを教えることで、本を読む気を失せさせるということがあったはずだ。それなのに、それがそのままくせになるということは、彼の持って生まれた性格が、その時に芽生えたのか、それとも、梨乃の苛めで自分のものになってしまったのか、梨乃はいろいろ考えた。
――まさか、伝染したりしないわよね?
とも、考えたが、ありえないことではない。
そういえば、梨乃が高校時代の友達のくせが、そのまま梨乃に移ってしまったことがあった。
その時はあまり深く考えなかった。その人を尊敬できるところがあって、
――その部分が自分にもできれば――
と思っていた。
実際にできるようになったのは、かなり後になってから、友達と連絡を取らなくなってからのことだった。
――伝染というのは、伝染元の人と別れた後に発症するものなのかも知れないわ――
と思えば、蔵人に対して感じていることも、まんざら
――まさか――
という発想ではなくなるだろう。
高校時代と中学時代、その間に線を引くという発想の元になったのは、ひょっとすると性格の伝染という発想があったのかも知れない。
それは梨乃自身が自覚しているものだけではなく、他の人が感じていることも含めてである。
――伝染したもの。伝染してきたもの――
と、それぞれにあるのだろう。
梨乃は、蔵人を引き合わせた先輩社員が、蔵人のことをどれくらい知っているのかというのも気になっていた。お姉さんの会社の人だということだけど、ただ、それだけで梨乃に紹介したということだろうか?
考えればいくらでも疑えてしまう。
――私って、ここまで疑り深い性格だったのかしら?
確かに不安に思うことは今までに比べて最近増えてきたような気がする。中学時代から高校時代に変わる時も同じような感覚だった。占いが気になるのもそのせいだった。
――ということは、また今からさらにもう一段階の成長があるのかしら?
成長というよりも、人生の分岐点とでもいうべきか。結婚にはまだ早いと思っているが、二十五歳というと、分岐点であっても不思議のない年齢だ。それを思うと、梨乃はまた、この間の占い師を思い出していた。
中学時代に一度占いを意識していなければ、今回もここまで占いを意識することなどなかっただろう。
それにしても、もう一度会いに行った占い師が、同じ場所にいなかったのは不思議だったが、あの場所に行ってみることで、交通事故を見た記憶、さらにクラスメイトの女の子が車に連れ込まれる記憶を思い出した。思い出したくない記憶のはずなのに、思い出すと苛立ちを覚えているはずなのに、梨乃は甘んじて受け止めている自分にビックリしていたのだ。
蔵人と面と向かっているだけでこれだけのことを思い出した。
――まさか、彼も占いに造詣が深いのかしら?
占い師に会いに行って思い出したこと、そして、蔵人を目の前にして思い出していることの多いこと。それだけ、今の梨乃には、占いというキーワードが、過去を思い出させるにふさわしいアイテムになっているようだった。
蔵人は、梨乃をじっと見つめている。梨乃は自分から何か話そうといつもは思うのだが、その日は、話をする内容が出てこない。口に出してしまうと、すべてが消えてしまいそうな気がするからだ。
蔵人が話す言葉に、返事をするだけになってしまっていたが。それで十分な気がした。蔵人も今の梨乃から話題を提供してもらおうという気にはなっていないようで、じっと見つめられる時間が長かった。
――恥かしい?
普通なら、そう感じるのだろうが、恥かしさよりも、少し怖かった。すべてを見透かされているような気がしたからだ。恥かしさを感じるよりも深い思いが、彼にはあるのかも知れないと思うのだった。
梨乃は、蔵人と一緒の空間が、狭いのを感じていた。
確かにバーというのはあまり広い空間ではないが、二人だけの空間がバーの中で占める割合が高いように思える。
ということは、全体的に狭く感じられてしまうということである。これは、この間目が覚めて天井を見た時の
――縦長の世界――
に近いような気がしていた。
縦長の世界は、今までに何度も感じたような気がする。立ちくらみを起こすことが多かった梨乃には、何度も治療室の天井を見つめて、目が覚めた時に感じたことだった。
「大丈夫?」
先生から、そう言われて、
「大丈夫です」
と答えるのも、一種の痩せ我慢であった。
梨乃は、処置室を思い出していると、蔵人の顔をまともに見れなくなった。睡魔が襲ってきたような気がしたからだ。
――まさか、睡眠薬?
と思うと、指先にも痺れを感じ、目の前に歪んだ顔をした蔵人が笑みを浮かべているのを感じた。
――夢を先に見たような感じだわ――
と思ったが、考えてみれば、今まで蔵人と話をしていた記憶の途中からすでに眠っていたのかも知れない。
――一体私はどうなったの?
と思うと、完全な睡眠に落ち込んでしまった梨乃だった。
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