第8話 真相
春野は何が何だかさっぱりだった。葵の手に触れて、心細さから少しでも楽になりたかった。
そこへ、飯島と鮎川を連れて湊が戻ってきた。鮎川はかなり激しく泣いていて、飯島はとてもバツが悪そうな顔をしている。葵に涙のわけを聞きたかったが湊に肩を叩かれ、立ち上がる。
湊は軽く息を吐き、息を大きく吸い込んだ。顔には大粒の汗が滲んでいて、らしく無かった。
「春野くん、君は犯人ではない」
「えっ、でも、じゃあ犯人は誰なんですか」
湊はそこで確実に言い淀んだ。だが、重そうに口を開いた。
「…島の人々だ」
僕は意味がわからなかった。この島にきてから変なことばかりだ。何が世界一平和な島なのだろうか。
「どういうことだ」桐崎が尋ねる。
鮎川はこの日々に限界を迎えていた。祖母は意味の通ったことをあまり言わなくなり、金をとっただろと責められる。意味の通ったことはご飯を催促するばかりだった。
こんな人では無かった。一緒に散歩していた日々が蘇る。鮎川自身も睡眠障害になり、本島の病院へ通い睡眠薬でやっとの思いで眠る。運が悪いと祖母が起きてきてまた責められる。完全に限界だった。その時、春野と出会い、本当に心が救われた。だが次第に、自由な春野の姿を羨ましく思い、なぜ自分だけこんな目に遭わないといけないのかと考えてきた。
ある日、単純な思いつきで祖母が飲んでいるコーヒーに睡眠薬を混ぜた。朝ごはんを作っている最中にコーヒーを作り持って行く祖母が見えた。用意を終え、振り向くと、椅子から祖母が動かなかった。うるさく責め立てられもしなかった。その時、頭に「殺人」という言葉が浮かんできて、急に全てが支配された。
その時、春野がやってきた。見られるのはまずい、でも追い返したところでどうするんだ、しかし思った、打ち明けてみよう、と。
そこで春野を家に入れたが、入れた途端怖くなった。許してくれるわけがない、捕まりたくない。
そして、一つ思い浮かんでしまった。春野はコーヒーを飲むのだろうか、そうして春野も眠った。二人も殺してしまった、と思ったが二人とも死んでいなかった。睡眠薬程度では死なない。ここで引き下がれたら良かったが、鮎川は焦ってしまった。祖母が起きる気配を見せた。そこで慌てた鮎川はこたつのケーブルを引っこ抜き、思い切り締めた。睡眠薬もあり暴れず殺せてしまった。
その瞬間、玄関から人が入ってきた。それは見回りに来た飯島で、現場を見てギョッとしたが、鮎川はそこで泣きそうな表情を見せていた。それを見た飯島は、現場を見てある程度察した。
「…協力するよ」
震えた声で飯島はそう言って、交番へ道具を取りに行った。
鮎川は春野も殺そうと決意した。もうどうせ楽しかった頃は戻ってこないし、自由な彼が少し憎く思えてきた。
しかし、鮎川はケーブルを握ったまま出来なかった。寝ている横顔を、好きだと強く思ってしまった。
飯島が戻ってきて、首の締め付け傷を道具を使って隠した。そして手袋をした手で春野の使っていたコップを手に取り、思いっきり祖母の頭を殴った。これでひとまずは大丈夫だ、誰かが侵入してきたとしよう、寝たふりをしておくんだ、と言い残し出て行った。鮎川は心臓や体が飛び跳ねそうなほどの緊張を押し殺し、寝たふりをした。
そうすると春野が起きた。パニックになっているのが空気の痺れで伝わる。この時起きようと思ったが、運悪く八百屋の男性に見られてしまう。そのまま寝たふりでやり過ごし、勢いで外に飛び出て交番へと向かった。
そこには、八百屋の男性と飯島がいた。飯島は一度鮎川を交番の奥へと追いやり、匿った。
そして、八百屋の男は春野が殺していたのを見たと話した。飯島はそこで思った。
「…そういうことにしてしまおう、そうだ、カップも使える」
八百屋の男に鮎川が殺したこと、だが、春野のしたことにしようと。この島では小さいことでも湊という男に頼るので呼びに行かないのは不自然だ、でも殺したのは春野だということでいこう。
しかし、湊は軽く見た時点で首の偽装に気がついた。誰がやったかわからないが飯島が見落とすはずはない。
そう思い、託して湊は本島へと行った。
しかし、湊の元へ来た連絡の様子だと、死因も変わっている。その上、首の傷の話をしない。
春野のカップからも睡眠薬の反応が出る、そして鮎川のカップからは出ない。こんなことを飯島が見逃すだろうか、わざと見逃した以外ありえない。
その上、噂もすぐに広まった。八百屋の男が吹聴してまわったのだ。これで完全に春には犯人となってしまった。
「これが事件の全てです」
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