第6話 再捜査
夜中に春野は目が覚め、警官が眠っていたので少し外にでて一息つこうと思った。
春野はもう自分が気付かぬうちに殺してしまったんだと信じて受け入れることにした。
そうすると心は落ち着いた。
島の来ることが決まってからここまで上手く行きすぎた罰だと。
仕事はしなかったし、なのに最高の喫茶店を体験した。ドラマみたいな恋愛もした。
短い間だけど最高だった、と。
春野は泣いていた。
いつからズレたんだ。こんな簡単に終わりは来てしまうのか。死刑だろうか。どっちにしろ前科者なんか生きていけない。
ふと目を堤防の方に向けると、葵と飯島がいた。葵は泣いていた。飯島が慰めているようだ。それを見てさらに罪の意識が深まった。
身に覚えがないなんて甘いのか、償うしかないのか。でも、僕はやってないと思うんだ、おかしいと思うんだ。思考があまりに重くなったので、交番へ戻り、再び眠った。
「君、起きるんだ」
大柄な警官に揺すられ、目が覚めた。ため息が漏れる。
「君、お茶を飲みに行こう。船が来るまでずっとここは流石に退屈だ」
喫茶店に入ると、テーブル席にいた女性たちがこちらを見てヒソヒソ話し始めた。もう噂は回っているようだ。
「君、あの子とはどういう関係なんだ?」
「昔からの友達です」
「ふむ、それにしてはかなり君を庇っていたな」
この大柄な警官には間柄は全てばれていそうだった。
「…付き合ってました」
「君の動機がわからなかったんだけどね、彼女の話を聞いてピンときたよ。彼女が介護に苦しんでいるのを君は知っていた。救ってあげたかった。違うかい?」
「やってませんよ!救ってあげたかったですけど!」僕は椅子から立ち上がった。
「まあまあ落ち着いてくれ。話は聞くから。ゆっくり償えばいいんだ」
葵が庇ってくれたことがじんわりと頭に残った。本当に好きでいてくれたんだ。もう世界中に葵しか味方がいないことを感じる。最後に会いたい。
船が島へと到着した。春野は警官とともに船へと向かう。鮎川の姿はなかった。
その時、春野の頭の中に「天狗の話」が蘇った。
「悪いことをしたものは天狗に連れ去られる」
この噂はきっと、天狗とは単純に警察の比喩で、犯罪をしたものは当たり前にこの島にはいられない。
そんな普通のことが伝承としてねじ曲がったのかもしれない。夜に口笛を吹くと蛇がくる、のように。
船のエンジンがかかる。さっきまで聞こえていた海辺の音たちが驚いて逃げていくようだった。
しかし、エンジンは再び停止した。警官が船から降りた。春野は気づかずうなだれていた。
春野の横に一人の人物が座った。
「らしくない顔ですね。もう観光は終わったんですか?」
湊さんだった。泣いて抱きつきたくなるが我慢した、つもりだった。
「助けてください!助けてください湊さん!もうどんなことでもしますから!」
「私は最近本業ができてないんですよ。忙しくて」
「本業ってなんですか?」
「前にも言った喫茶店の酒を減らすことです」
そういうと湊は立ち上がって船から降りて行こうとした。
「待って!助けてくれないんですか!」
「今日は久々にこの島で副業をするつもりです」
そういうと湊は警官とともに歩いて行った。
春野も慌ててついて行った。
湊と警部、少し離れて春野が現場へと歩いていた。
「湊、もうあっちは解決したのか?」
「ええ、大変でした」
「流石、天から見てると言われるだけあるな」
「滅相もないです」
「有名だよ、天の犬飼ってのは。君が人間じゃない!天狗だ!という奴もいる」
「犬飼って苗字で呼ぶのは桐崎さんくらいですよ」
「おっと、失礼。そろそろ現場だ」
現場は、かなり片付けられていた。湊は警官から写真を受け取り、現場と見比べている。
「証拠品、遺体は?」
「あー、飯島が管理している、もう船に乗ったかもしれないな」
「…桐崎さん、走れますか?」
「お前くらいだ、私を走らすのは。任せろ」
大柄な体で駆けて行った。その姿に見合わぬまあまあのスピードだった。
作業しながら、湊が質問を投げた。
「春野くん、彼女のことは愛しているかい?」
「好きです、でも救うために殺したりはしません」
「覚悟は、あるかい?」
質問の意味が、その時の春野には理解できなかった。
その時、ドタドタと音がして、桐崎、飯島、他数人の警官の姿が見えた。
「湊、ギリギリセーフだ」
桐崎さんは汗びっしょりだった。
「湊さん、また調べ直すんですか…そんなことわざわざしなくても…」
「飯島くんは弱気だが優秀だ。鑑識や検死も簡易的にできる。だが、久々の事件だ。鈍っているかもしれない。信じた上でだ。」
「…遺体は外です」
「ありがとう」
湊は遺体も隈なく観察した。そして、最悪な結末が見えかけ、嫌な顔をした。
「飯島、鮎川さんを呼んできてくれないか」
「それなら、僕が」春野は思わず湊に駆け寄る。
「君は居場所を知らないんじゃないか?」
そう言われて、春野は黙るしかなかった。
飯島は躊躇いつつも走っていった。
その直後、湊は春野を見た。そして肩に手を置き、外へ行こうという仕草をした。
「鮎川さんとはいつからの知り合い?」
「小学校からです」
「…思っていたより長いな」湊はそこで苦い顔をした。
湊は大きく息を吐いた。
「君が彼女に盲目だったのは知っている。噂も聞いたし、浮かれている君も見かけた。」
恥ずかしくて何も言い返せなかった。
「彼女は綺麗だね、美人だ。おじ様は皆虜だよ」
湊は行間をたっぷり取り、ゆっくりと話し続ける。
「犯罪者、という時間は辛かっただろう」
そこで湊は春野をまっすぐみつめた。が、突如港の方へと走っていった。
春野は座り込んで、やや泣いた。そしてそのままそうしているしか、自分の人生の終わりを受け入れられなかった。
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