第5話 容疑者

 春野は気づくと喫茶店の前へと来ていた。そこで、最近しばらく来ていなかったことに気がついた。

 僕は恋に盲目的になっていた。恋愛などまともにしたことがなかったので取り憑かれていたそのバチがきっと当たったんだと思った。そこで噂を思い出した。

 「この島で悪いことをしたものは天狗に攫われる」

 背筋が凍りそうになった。信じていなかったがいざ当人になるととても怖い。悪いことがこの島で起きなくても不思議じゃないとさえ思い始めた。外にいると危険な気がして、ドアを開けて喫茶店へと入った。

 

 そこには店主と湊さんだけがいた。初めてここへ来たことが思い出され、泣きそうになってしまった。

 「久々じゃないですか。噂を聞きましたよ。君もなかなかやり手ですね」

 「湊さん!どうしよう!」

 春野はさながら道に捨てられた子犬の様だった。

 「どうしたんです?」

 「人を殺しちゃって、いや僕は殺してないんだけど、とにかくやばいよどうしよう」

 「面白そうだね、詳しく聞かせて欲しいな」

 「警察!そうだ警察に自首すればまだ」

 「君はやってないんじゃないのかい?それに警察、まあこの島の交番へ行っても無駄だよ」

 「え、天狗が来ちゃうんですか…」

 「天狗は来ちゃうかもしれないね。でもそうじゃない」

 そこで喫茶店の外から何人かが走ってくる様な音が聞こえる。その音は徐々にこちらへと近づき、ドアの前で止んだ。と思った瞬間、勢いよくドアが開いた。

 「湊さん!事件だ!それも殺人だ!」

 小太りの男性が息を切らしながらそう叫んだ。警察の服を着ているがそれもパンパンだ。横には先程の八百屋と思しき、事件現場で僕と目の合った男もいた。そして、その男と目が合い、指を刺されこう言われた。

 「アイツだ!アイツが犯人だ!」

 「違うんですって!」

 「人を殺しといて呑気にしてんな!しかも逃げてるじゃねえか!」

 「一旦落ち着いてくださいよ、皆さん。すぐに行きますから」

 そう言うと湊は息を吐き、店主に目配せをした。店主もゆっくりとうなづき、水を一杯、手袋、そして年季の入ったトランクケースをカウンターに置いた。

 湊は水を飲むと、手袋をつけ、かけてあったコートを羽織り、トランクケースを持ち、春野の背中を軽く叩いた。

 流れる一連の動作はそういったバレエ演目の様だった。

 店を颯爽と出て行こうとする湊に、春野も慌てて着いて行った。

 

 「ここです」

 春野たちは現場である鮎川宅へ到着した。戸を開けると血液や肉の匂いがした。湊以外は全員顔をしかめた。

 湊は躊躇うことなく奥の居間へと入っていった。湊は死体など現場の状況を軽く見渡し、神妙な面持ちになった。

 「これは、この島ではいつぶりでしょうね、ちゃんとした事件だ」

 「鮎川さん…なんてことだ…」八百屋の男が頭を抱えた。そしてこちらを睨みつけた。

 この島唯一の警察である男は、慌てている様子ばかりで、居間にさえ入ってこなかった。

 「飯島さん、本島の方には連絡されました?」

 この頼りなさそうな男飯島はビクッとした。

 「あっまだです…してきます」

 「私も行きます」湊は腕時計を見て言った。

 「この時間だと連絡船は間に合いませんね。どうしましょうか」

 そう言いながら飯島と湊は出て行った。

 春野も八百屋の男に連れられ、交番へと向かった。

 

 交番で待っていると、葵がやってきた。涙で目が腫れている。

 僕は思わず目を逸らしてしまった。

 「えらいことになったな葵ちゃん…」

 八百屋が声をかけた。葵は黙って頷いた。

 そして、交番の奥へと行っていた飯島が戻ってきた。

 「明日までは来てもらえませんね…遺体どうしましょう…」

 「私がなんとか頼んでみましょう」

 そう言うと湊は奥へといき、数分後、交番を出て行った。飯島もそれについて出て行った。

 八百屋の男も流石にここで下手なことはできないと思い、帰った。

 なので、交番の中には春野と鮎川の二人だけになった。

 「…犯人が早く見つかるといいな」鮎川がボソッとこぼした。

 僕のことを疑ってないんだ、と春野は安心した。

 「絶対に見つけようね!僕もなんでも協力するよ」

 それを言った後、湊と飯島が戻ってきた。

 「今から本島の方に来ていただける」

 「ほんとですか!よかった」

 「御坂さんが船を出してくれる。ただ僕は別の手伝いに交代で入るから来れない」

 湊さんの視線の方を見ると、喫茶店で湊さんが本島のお土産を「大変だった」と言って渡した漁師さんがいた。

 湊さんは何者なんですか、喉へ出掛かるがそんな場合ではないので引っ込めた。


 その後、すぐに警察がきた。だがその中に湊の姿はなかった。飯島が警察を交番へと案内した。その中でも大柄な警官が春野に声をかけた。

 「君、名前は」

 「春野祐介です」

 「現場に君も来てもらおうか」

 春野たちは再び現場へと訪れた。

 ドラマで見たことあるようなテープが貼られ、現場検証が始まった。

 僕はそれをただ見ていた。

 鮎川が警察と話しているのが見える。聞こえそうだが内容は聞き取れなかった。

 「君ちょっといいかな」

 大柄な警官に声をかけられた。指紋や色々な質問をされ、最後にこう言われた。

 「君、逃げないね」

 僕は最初言われた意味がわからなかった。おそらくそれが顔に出たんだと思う。

 「いや、実はね、率直に言うと君をかなり怪しんでいる」

 心臓が狭くなった。ループしていた「人生の終わり」という考えがぶり返す。

 「凶器は君の指紋のついたカップだし、君がカップを持っていたところを見られている」

 終わった。

 その四文字が頭に大きく表示された。

 「祐介はそんなことしないです!」

 奥で話していた葵の声がした。きっと同じことを聞かされたんだろう。

 「みんな眠らされたんです!そのうちに強盗がやってきたんです!祐介じゃないはずです!」

 眠らされた、というワードに警察が反応し、検査を始めた。

 しばらくして、コーヒーから眠剤が検出され、その瓶からは鮎川の祖母、そして春野の指紋が検出された。

 大柄な警官が春野を見る。

 「決まりだな、君」

 僕は交番で大柄な警官と座ったまま次の連絡船が来る明日まで待つことになった。

 春野と警官はそのまま椅子で眠ってしまった。

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