第4話 急転直下

 次の日から、僕は鮎川と過ごし、喫茶店へ行く機会もかなり減り、湊さんとも顔を合わせなくなった。

 鮎川が祖母のご飯を作った後、昼、夜とそれぞれ遊んだ。ほぼ散歩だがそれでも楽しかった。

 鮎川もフランクに愚痴を言う様になっていて、その距離感が嬉しかった。

 「あーあ、おばあちゃんがいなければもっと春野といられるのに」

 「しょうがないじゃん、それはさ」

 「そうなんだけどさ、というかまだ苗字呼びなの変だね、葵って昔みたいに呼んでよ」

 「…葵」

 「うわー懐かしい!祐介!これからもよろしくね!」

 幸せだった。

 人生で一番幸せな時間だった。

 僕は正直盲目だった。と気付かされた。

 

 

 その日は鮎川がいつもの時間に砂浜へ訪れなかった。なので、思い切って家へ行ってみることにした。

 家の前へ辿り着き、チャイムを探したがないので、ドアを軽く叩き、名前を呼んだ。何も音がしなかった。背筋が凍る様な感覚がした。何かあったのだろうかと。

 僕はもう一度強く叩き、大きな声で名前を呼んだ。そうすると奥からバタバタと音がして、勢いよく戸が開いた。

 「はあはあ、祐介、わざわざ来てくれたの」

 「うん、大丈夫?」

 「全然!あ、中入ってよ」

 「え、いいの?」

 「うん、ちょうどおばあちゃん寝てるし!」

 家に上がるのは初めてなので緊張していた。

 居間を覗くと真ん中にコタツがあり、その奥の椅子におばあちゃんが座っていた。寝ているとはいえ、流石に気づくと思い、僕はおばあちゃんに挨拶をしようとした。

 「何してんの!」葵が珍しく大きな声を出した。

 「いや、一応挨拶を…」

 「大丈夫!うちのおばあちゃん寝たら起きないし!いいよ、座ってて」

 僕は頷きコタツの近くへと座った。

 「コーヒー、飲める?」

 「うん、ありがとう、手伝うよ」

 僕は立ち上がり葵がいる台所へ行こうとした。鮎川が振り返り、また大袈裟に言った。

 「ちょっと!お客さんなんだから座っててってば!」

 僕は気圧され座った。そこで葵は突然何かを思いついた様な顔をした。

 「やっぱり、ちょっと手伝ってもらおうかな。いい?」

 「もちろん!」僕は台所へと向かった

 渡されたコーヒーの瓶の蓋を開け、カップへと入れた。何だか見た目に違和感があったので尋ねた。

 「なんか白いの混ざってない?」

 「ほんと?おばあちゃんしか飲まないから私わかんないや」

 「そっか。アミノ酸かなんかかな」

 「そうかも」

 コーヒーを作り、コタツの前へと戻った。葵もお茶を持ち、僕の正面へと座った。

 「飲まないの?」

 「実は猫舌で」

 「そんな熱くないでしょ」

 「そ、そうかな」

 僕はコーヒーを一口飲んだ。

 「飲めるじゃん。おばあちゃんが喫茶店でわざわざ買ってくるやつなの。美味しくない?」

 「わかんなかった」

 僕はコーヒーをもう一口飲んだ。葵がこっちを見ていた。

 「なんか付いてる?」

 「いや?飲んでる姿、かっこいいなって」

 照れて何も言えなかった。

 

 その後、何を話したかはよく覚えていない。

 突然、何だか頭がぼーっとしてきた。眠い。

 「私なんか眠くなってきたかも」

 葵もそうなんだ。と言おうとしたが、口がうまく動かない。

 

 春野はそのまま横に倒れ込んだ。鮎川は春野を心配し、立ち上がり駆け寄った。

 体を揺すっても春野は全く起きなかった。

 

 

 ドアを叩く音で春野は目が覚めた。

 起きあがろうとするが、頭が重くなかなか起き上がることができなかった。

 「鮎川さーん?いつものお野菜、持ってきましたよー」

 男性の声だった。頑張って体を持ち上げようとする。も、中々持ち上がらない。葵も寝てしまっているのだろうかと思い、なんとか立ち上がった。

 しかし、そこには衝撃の映像が飛び込んできた。コタツを挟んで正面には葵が寝ている。その奥の椅子に座っていた葵の祖母が、頭から血を流してぐったりとしている。

 直感で春野は感じた。死んでいると。突然の急展開に春野は何も出来なかった。

 ひとまず、葵の方へと回り込み、鮎川を揺すった葵の斜め前、祖母の椅子の下に先程自分が使っていたカップが落ちていた。春野はカップを拾い上げた。そこには血が付いていた。先程の直感に現実味が帯び、春野は身の毛がよだった。そこへ声が聞こえてきた。

 「鮎川さん、お野菜中に置いときますねー」

 戸が開く音がして、足音がする。春野は心臓の鼓動がうるさいのを初めて感じた。居間の入り口に視線が固定され、動けない。

 「鮎川さん?」

 男性の顔がひょっこりと覗き、目が合った後、その人はみるみる青ざめた。

 「あんた…誰だ…何してんだよ!」

 「いや…いや…違います」

 「なんてことをしたんや!逃げるんじゃねえぞ!覚えたからな!」

 そう言うと男は走って出て行った。その声で葵が起きたようで、状況を見て悲鳴を上げた。

 「違う!僕じゃない!起きたらこうなってたんだ!」

 春野も大きな声を出した。

 「どういうこと…でも、とりあえず警察を呼んでこなきゃ」

 「本当に僕じゃないんだ」

 「今は近寄らないで!あなたじゃないかもしれないし、信じたいけど今は無理」

 そう言うと葵も走って出て行った。走って追いかけたかったが、緊張と先ほどからある体や頭の重さで出来なかった。だが、ここでこうしているわけにもいかなかったので、なんとかとりあえず外に出た。

 しかし、この島には身よりも、頼れる人間もいない。春野は途方に暮れるしか無かった。

 ここで冤罪によって僕は追い詰められ、死ぬんだ。ふらふらと歩きながら、そんな考えが頭でループしていた。

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