第3話 デート

翌日、早く目が覚めてしまったので喫茶店で時間を潰すことにした。他のお客さんは誰もいなかった。外からカモメと波の声が聞こえる。なんていい日だろう。

 途中で湊さんが来た。相変わらず酒を飲んでいた。

 「何だか調子が良さそうだね」

 「そんなことないですけどね、まあちょっと、ちょっといい感じですかね」

 「ふーん、深くは聞かないけど入れ込みすぎないようにね」

 「飲んだくれにそんなこと言われたくないですよーだ」

 正午のかなり前に僕は店を出て、砂浜へと向かった。

 早めに着いたつもりだったが、そこには既に彼女の姿があった。

 「ならもっと早くこればよかったかな」

 「おっ!きたね!いや楽しみで早く来ちゃっただけだから気にしないでよ!じゃあ行こっか」

 鮎川は僕の手をあの頃のように、自然に握って引っ張った。

 小学校の頃、冷やかされてはいたものの、嫌な気持ちにならなかった理由がわかった。

 僕は鮎川を好きだったんだ。

 「ここの祠、何だか不気味だよね、暗いし怖いよ」

 「お化けとか出るのかなあ」

 「やめてよ!出たらどうすんの」

 「出ないよ」

 「私がお化けに攫われたら、助けにきてね」

 「ああ、行くよ。お化けなんていないしね」

 「信じてないんだ。でもここだったらお化けじゃなくて天狗が私を攫うかも」

 「あ、天狗が祀られてるんだっけ、ここ」

 「そうだよ、悪い人を攫うんだってさ。だからこの島平和らしいよ」

 「今時おかしいよね、天狗なんていないよ」

 「でも、見て、あそこのお猪口綺麗でしょ。日本酒を毎日入れて拝んでる変人がいるって聞いたよ」

 「なんか不気味だね」

 「もうここ怖いよ行こ!」

 鮎川は僕の手を引っ張って走った。なびく髪は夏みかんのソーダの匂いだった。彼女は色々なところを案内してくれた。

 市場、島に一つの派出所、湊さんが言ってたであろう居酒屋。勿論入ってはない。


 「ここ登るの?」

 目の前には急すぎる階段が山の斜面に沿っていた。

 「最後だから!ね、お願い。きっと後悔しないから」

 「分かった」内心疲れていたし、嫌だったが、瞳に飲まれ断ることは出来なかった。

 だが、後悔はすぐにした。あまりにも足が痛いし、運動は嫌いだ。引き返そうと言う言葉が喉と腹を往復する。

 いい加減無理だ、と思った時だった。

 「ほら見てよ」

 階段を何とか登り切ると、そこには夕焼け。

 特大の夕焼けだった。海にも夕焼けがあって。とにかく感動した。

 「これは確かに凄いね。凄い」

 鮎川が手頃な岩にこしかけたので、隣に座った。

 「今日はありがと、いい気晴らしになったなあ」鮎川が言ったのでビックリした。

 「いや、こっちこそ、楽しかったし、色んな所知れて良かったよ」

 「ねえ、……ドキドキした?」

 心臓が握られた。

 「私はした。久しぶりに。実はね」

 そこで鮎川は言い淀んだ。

 その横顔はすごく綺麗だった。

 「私、好きだった。当時。久々に会っても変わってなくて安心した」

 「僕も、好きだ、今でも」

 「そうなの、ふふ、嬉しい」

 鮎川のいい匂いがした。それがキスだったのはされてから気がついた。

 僕は言葉が出なかった。

 そこで鮎川が少し俯いた後、口を開いた。

 「私今、おばあちゃんと二人で暮らしてるの。すごくいい人なんだけど、最近ボケてきて」

 そこで鮎川の声が濁ってきた。

 「介護って言いたくないんだけど、そんな風になってきて。私寂しくて」

 鮎川は泣き出した。

 「僕が支えるよ。僕が守る。介護はきっと大変だけど支えるよ」

 その日は日が沈むまでそこで他愛もない話をして、解散した。

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