第2話 美人

 翌日、春野はまた喫茶店へと向かった。

 昨日は湊と店主しか居なかったが、その日はテーブルがほとんど埋まっていて、カウンターにも何名か座っていた。

 だが、湊はいなかった。春野は空いていたカウンターに座り、アイスコーヒーを飲んだ。

 「今日は、すごく混んでますね」

 「いつも漁師の方達が利用してくださるんですよ」

 その時、テーブルに座っていた男性グループの内の一名が言った。

 「なあマスター、そういや今日はあの飲んだくれはどうしたんだよ」

 「本島にいつものお手伝いに行かれましたよ」

 「そうかい、またしばらく帰ってこないかねぇ」

 そう言って男性がまたグループ内で喋り始めた。

 その瞬間店のドアが開いた。

 「疲れた…」湊だった。湊はコートを脱ぎ、店主に渡しながら春野の隣に座った。

 店主が日本酒の瓶とグラスを湊の前に置いた。

「ありがとう、あとマスターこれ。前に話してた豆。気になるとおっしゃってたので」そう言いながら湊は店主に紙袋を渡した。

 「ああ、いつもありがとうございます」店主はお辞儀をしつつ受け取った。

 「おい!飲んだくれ!俺が頼んだやつはどうなった!」

 先程のテーブルの男性が大きな声で言った。

 湊は少し微笑みながらそのテーブルへ向かって行った。

 「これは、買うの大変でしたよ」

 そう言って湊はテーブルの上に紙袋を置いた。春野もテレビで見たことがあるプリンの有名店の紙袋だった。

 「おお!カミさんが喜ぶよ!湊くん、困ったらいつでも言ってくれな!」

 そう言って男性は湊の背中を強めに叩いていた。

 湊は小声で「そうさせてもらいます」と言って微笑んでいた。

 湊が席に戻ってきたときに春野は尋ねた。

 「お手伝いって何ですか?」

 「何かをする人の補助をする、ってことかな」

 春野は溜息をついた。

 「それより、島は一通り回ってみたかい?」

 「いえ、まだです」

 「砂浜は綺麗で素晴らしい、文化的な祠もある、そして何と言っても島の中央へ行けば」

 「行けば?何があるんですか?」

 「美味い酒を出してくれる店がある。行くべきだ」

 春野はまた溜息をついた。

 だが確かに島を散歩するのは楽しそうだったので、アイスコーヒーを飲み終え、砂浜へ向かうことにした。

 

 確かに絶景だった。

 今まで春野が見てきた砂浜とは別物だった。キラキラと光を反射し、堂々とした美人のようだった。春野は防波堤から砂浜の方へ降りていった。砂浜には女性が立っていた。

 横顔を遠くから覗くと見たことのある顔だった。その顔がこちらを向いた。

 「…春野くん?春野くんじゃない?」

 その声を聞いた瞬間に春野も思い出した。

 「鮎川、だよね」

 

 鮎川は小学校、中学校が同じで当時は一緒に帰っていた。鮎川はかなり可愛くて、一緒に帰ることをよく冷やかされていた。しかし鮎川はそんなこと全く気に留めずに僕と一緒に帰ってくれた。とても勉強ができたので、高校は少し離れたエリート校へ進学していた。中学校の卒業ぶりだが、この砂浜に負けないほどの美人だ。

 

 「すっごい!久しぶりだね!何でこんなとこいんのよ!」

 鮎川は相変わらず溌剌としていた。

 「実は昨日からここに住んでるんだ」

 「こんな田舎に?変なの」そう言って鮎川は笑った。

 「鮎川こそ何でこの島に?」

 「色々あっておばあちゃんと二人で暮らしてんの。一年前くらいからかな」

 「そうなんだ、すごくいいね」

 「何それ!あ、そうだ今日はもう帰んなくちゃいけないんだけど、明日、案内したげるよ」

 「嬉しいけど、いいの?」

 「いいよ!じゃあ明日、正午にここで!」

 そう言うと鮎川は遠くの堤防の方へと走り出した。

 「ありがとう」僕は大きな声で言った。

 「うん!私もね、何だか元気出た!春野がいたらちょっと心強いよ!」

 鮎川も大きな声で手を振りながら言ってくれた。

 明日があるので僕も散策は切り上げ、家へと帰った。

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