彗星の港

水川杏

第1話 スローライフ

 春野祐介は、日本一平和な島で、最悪な荷物を背負うことになった。

 

 春野は都会で生まれ、そこそこいい大学を卒業したが、周りと違い就活を全くしなかった。春野はのんびりした性格で都会暮らしなんてうんざりだった。そこで親戚の別荘が田舎のとある島にあると言っていたのを思い出し、幸いなことに親戚との仲は悪くなかったのでしばらくそこで過ごすことにした。親戚には、早く仕事見つけろよ、なんてことを言われた。

 「まぁ、亡くなった親が一目惚れで買った家で使い道もなかったし気に入ればそこに暮らせよ、その島で仕事を見つけるのもありだよな」とも言われた。まぁ春野は深く考えずしばらくそこで暮らそうと思った。

 

 フェリー、連絡船はおろか一人で船に乗ること自体やったこともなく、不安と楽しみでもういっぱいだった。

 そして、これを機に一人暮らしになるわけだが、それすらも初めてで浮かれていた。

 それに、都会を離れ、憧れの田舎暮らし。刺激的なことが一気に訪れ爆発しそうだった。

 

 「日本で一番平和でのんびりした島、犬鳥島…か」

 フェリー乗り場の横には、もう潮風で錆びて、辛うじて文字が読める程度の看板があった。フェリーが海を切って新生活の始まりへと進んでいく。自分の他は数名しか乗っていなかった。

 気づくと潮風を浴びながら寝ていた。島へは30[#「30」は縦中横]分程あったはずだが起きた時には既に到着し、慌てて降りた。

「着いた…僕の新しい人生の始まりだ…」春野は潮風の香りで歯をクッと食いしばり、親戚の家、これから自宅となる方向へと歩き出した。

 

 家は平家で部屋が二つ。居間がそれなりに広く、一人で暮らすには十分過ぎるものだった。家具や最低限の家電も置いてあった。

 親戚に鍵を受け取りに行った時、

 「いや、実はな、ちょっとありがたいんだよ。それなりに動く家電もあるしよ、処分に困ってたんだ、処分にも離島じゃ大変だし金もかかる。使ってくれたら助かるよ」なんてことを言っていた。

  持ってきた少ない荷物を整理し、それがひと段落し他ところで、一息ついところでスマホを見ると、かなり弱い電波しか拾っていなかった。

 「えっ遅…。これどうするんだ」春野は今まで都会を嫌がりながらも都会の加護に守られていた事を知った。

 半分程度しか力を発揮できないそれだけ持って、散歩へと出かけた。

 朝一番に向こうを出てきた上、持ってきた荷物も少ない。まだ昼間の終わり、夕方の最先端のような時刻だった。

 右を向くといつでも防波堤越しに太陽に照らされキラキラと輝く海があり、見るたびに満足感を得れた。左を見ると大きく雄大な山、落ち着いた民家が並び、感動していた。

 少し歩くとこじんまりとした喫茶店があった。

 「うわっこれだよこれ、たまんないな」春野は都会でのカフェに飽き飽きしていたのでこの昔ながらの店構えに感動した。もちろん入店する。

 「こんにちはー」

 「いらっしゃいませ」物静かそうな店主がゆっくりと頷きながら囁く声で迎えてくれた。春野は内心でこの空気を噛み締める。

 店内は思ったより広く、カウンターだけでなくテーブルも何席かあった。春野は迷わずに店主のいるカウンターへと向かった。

 「何を飲まれますか」

 「コーヒーで、あっ、アイスコーヒー」

 店主は頷き用意を始めた。春野はこれからの生活に胸を膨らませた。

 「見ない顔ですね、観光ですか?」

 カウンターの端に座っていた男性に声をかけられた。

 「いえ、今日からここに住むんですよ。あっ初めまして春野って言います。よろしくお願いします」

 「ほう、いいですね、私は湊です。これからお願いしますね」礼儀正しくて素敵な男性だった。

 「湊さんはお仕事何されてるんですか?」

 「ここへ来て、酒を減らすのが仕事です」

 「へ?」

 「冗談ですよ、内緒です」

 湊はそう言って微笑んだ。

 春野の前にアイスコーヒーが置かれた。カランと氷の良い音が鳴り、静かな店内を引き立たせた。春野は島での生活のことを色々考えたいが、湊という男がかなり気になっていた。ここで春野はフェリー乗り場にあった看板を思い出した。

 「ここって日本で一番平和なんですか?」

 「確かに、この島には交番が一つあるだけで、昔は腕利きだったんですけど今はお菓子を使って太るのが仕事ですね」

 「どういう事ですか」

 「暇なんでしょうね、平和で」

 「すごいですよね、何も悪いことが起きないなんて」

 ここで物静かな店主が口を開いた。

 「天狗、のおかげかもしれませんね」

 「天狗?」

 春野は耳を疑い、ポケットから携帯を取り出す。そして検索窓に「天狗」と入れ検索する。

 「そうだ使えないんだ」

 「この島ではそれはおもちゃかもね」湊はそう言って笑った。

 「くそ、ちょっと、使えなくてどう暮らしてるんですか」

 「使わずに暮らしてるんだよ」

 「それより天狗ってなんですか?」

 「この島の山には天狗が暮らしていて、悪いことをすると連れ去られるって話があるんだ」

 「えっそんな古臭い嘘があるから平和って事ですか?」

 「まあまあ、でもこの島の人はなんとなく信じてるというか染みついてるんじゃないかな」

 「変な感じですね」

 

 アイスコーヒーを飲み終え、春野は店を出た。

 空には夕日が鎮座して、ゆっくりと春野を見下ろしていた。

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