第37話 決裂
ダービーの晩、俺は不思議な夢をみた。どこまでも続き草原で、一人の女性が俺を呼んでいる。その顔はなぜか懐かしく、その声も聞いたことがあったがだれだかわからない。隣には岡田が背を向けて立っていて、俺の方を振り返るとこう言った。
「母さんだぞ? アキト」
その日、俺は車を出して母さんの墓前に行った。ダービー勝利の報告で、正直言えばあの夢を見なければ行かなかったかもしれない。つい最近もだれかが来たような形跡があり、しおれた仏花を新しいものに変え、線香を焚いて俺は祈った。
季節は流れ、秋競馬のシーズン。シークレットエデンの三冠への夢を乗せた秋華賞、名だたる強豪を迎えての戦いはあっけなく終わった。直線あと30メートルというところで、シークレットエデンは脚を痛がる素振りを見せ、俺は下馬した。
右前脚を痛がる素振りを見せるシークレットエデンを馬運車が運ぶ。獣医はレントゲンの写真を見せて俺と松沢先生にシークレットエデンが剥離骨折していることを説明した。三冠の夢は立たれ、復帰は来年春になるという。松沢先生と俺はちょっとした口論になった。
「アキトならあと30メートル乗れたんじゃないか?」
「岡田ならそうするでしょうね。俺はしぃちゃんを殺してまで勝とうとは思ってない」
「三冠の重みが――」
「聞きたくありませんよ! 何度やっても俺はしぃちゃんから降りる」
「しかし――」
「もういいです先生。そんなに俺のあの行動が不満ならしぃちゃんの主戦を変えればいい」
俺は先生の元を離れ、次週以降、松沢先生が騎乗依頼することはなかった。
一方、菊花賞は逃げるホウオウショウマをとらえきれず、二着に敗退した。小河原先生は特になにも言わず、次は有馬記念であることだけを告げた。
有馬記念はダンスパフォーマーに敗れて三着。ホウオウショウマにも先着をゆるすこととなった。年度代表馬はダンスパフォーマーに決まり、今年の競馬シーズンも終わった。
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