第33話 引退
皐月賞の週からゴローちゃんの姿が見えなくなり、俺たちは病気でもしたんだろうと思っていたのだがどうもそうではないらしい。優佳と電話で話したが、桜花賞後から帰宅しておらず、警察に捜索願いを提出したばかりだそうだ。書置きがあり、「心配しないでください」と書いてあったそうだ。
神野五郎失踪はテレビでも取り上げられ、ゴローちゃんと懇意にしていた俺やヨシノリ、岡田はテレビや新聞の取材を受けた。俺は三島苑に電話したりしてみたが、来ていないらしい。ふと頭に早来の天国に近い教会のことがよぎり、俺は北海道まで飛行機で向かった。
そこからレンタカーで二時間走り、例の教会にたどり着いた。教会のインターフォンを鳴らし、やがて扉が開く。中からシスターが出てきて俺を出迎えた。
「吉沢明人さんですっけ。どうぞ」
教会の中に通されると、教会の長椅子に無精ひげを生やしたゴローちゃんがいた。
「ゴローちゃん!」
「ああ、アキトか。よくここがわかったね」
「捜索願いが出されてるんだぞゴローちゃん。帰るぞ」
「ああ、帰らなきゃ駄目だよね」
虚ろな表情でそう言うゴローちゃんを立たせる。
「なんで失踪騒ぎなんか……」
「ロンリィバタフライは今まで乗った中で最高の牝馬だった。でもアキトのシークレットエデンに負けちゃった。もう、潮時かな? って」
「ジョッキーやめるのか? それでいいの?」
「やり切った感はあるしね。美浦に帰るよ」
俺はゴローちゃんを乗せて空港まで行き、優佳にゴローちゃんが見つかった旨を話して飛行機で東京に戻った。そこから電車で美浦トレセンのそばに行き、タクシーでゴローちゃんを送った。家族総出でゴローちゃんを出迎え、優佳は泣きながら「馬鹿! 馬鹿!」とゴローちゃんに縋りついて泣いた。
その翌日、ゴローちゃんは記者会見を開き、引退を正式に表明した。
「もっとも印象に残ってるお手馬は?」の質問に、皇帝、トウエイエンパイアの名前を出して記者会見を終えた。
俺は俺で萩原厩舎に呼ばれ、ゴローちゃんのお手馬をヨシノリと俺、マイケルベルモントの三人で担当分けした。
神野五郎 2943勝 G1三十七勝
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