第23話 嵯峨弘之

 気が付くと俺は病院のベッドに寝ていた。上体を起こすと女の声で、「起きられる? アキト」という声がした。


「大丈夫。俺は?」


 声の主は原雪乃だった。


「ジャパンカップで落馬したの。三日も寝てたのよ?」


「そうか」


「お医者さん呼ぶわね」


 雪乃はナースコールのボタンを押した。しばらくすると看護士が、それに遅れて医師が来て、俺の様子を診察していった。


「親父は?」


 俺は雪乃に訊いた。


「もう電話したわ。こっちに来るって」


「そうか」


 俺はジャパンカップの記憶そのものがなかった。どうしても思い出せない。一時間くらい経って、岡田が現れて今にも泣きそうな顔で「アキト、大丈夫か?」と言った。


 俺は「大丈夫。ジャパンカップの記憶はないけど」と答えた。


 それから俺は精密検査を受け、念のために一週間入院することになった。タタルカンの朝日杯には間に合うことがうれしかった。


 岡田は足しげく俺の病室に通い、雪乃は朝からずっと病室にいた。


「おばあちゃんに言われてるから」


 雪乃はそう言った。退院の日、岡田と松沢氏、それと知らない男が俺の退院の迎えに来た。


「こいつは俺の弟弟子、嵯峨弘之。関西の騎手だ」


  岡田がそう知らない男を紹介する。


「聞かない名前だね。よろしくおねがいします」


「俺は勝てるレースにしか乗らないからな」


 嵯峨はそう言って俺に握手を求めた。

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