第22話 皇帝の幻影

 その日のうちに俺と岡田は天皇賞秋の結果を意識不明の斎藤先生に報告した。意識は戻らなかったが、安らかな寝顔に見えた。翌週水曜日に斎藤先生は亡くなられた。厩舎は松沢仁氏が継ぐことになり、斎藤先生の次男、哲史氏は調教師を目指す旨を松沢氏に伝え、萩原厩舎に移籍した。


 タタルカンはデイリー2歳ステークスも逃げ勝ち、朝日杯に向けて順調に実績を積み上げている。ジュダースクライはジャパンカップも俺が乗ることになり、調教でも乗ることになった。


 そしてジャパンカップ当日。


 雪辱を期すキングオブキングス陣営と、エリザベス女王杯を回避してジャパンカップに出走してきたエレガンスマシーンを相手に迎え、ジャパンカップが幕を開ける。


 キングオブキングスの岸は、前回の敗戦を踏まえて後ろからの競馬に徹した。


 後方待機組はキングオブキングス、ジュダースクライ、トウエイライトニン、エレガンスマシーンで明白なスローペースに落ち着き、俺は先手を打ってジュダースクライのポジションを上げた。その時だ。ジュダースクライが何かに怯えた様子で立ち上がってしまった。俺は落馬し昏倒した。




 ジュダースクライの後方5馬身にエレガンスマシーンとトウエイライトニンはいた。


「落馬だ! 落ちたぞ!」


 岸の怒号が飛ぶ。岡田はそのまま進めば落馬したアキトに直撃する位置取りだった。横にいるヨシノリと滝川に怒号を浴びせる。


「落馬だ! よけろ! よけてくれ!」


 ヨシノリは内でつまり、滝川は譲らない。もうどうしようもないと岡田があきらめかけたその時、岡田のトウエイライトニンの後ろから一頭の黒鹿毛が駆け抜けていく。


「カイゼルガイスト!?」


 カイゼルガイストの亡霊はそのまま走り、気絶したアキトを飛び越えて消えた。


「そうか!」


 岡田は逆にトウエイライトニンのスピードを上げて、アキトを飛び超えさせて難を逃れた。レースはキングオブキングスが勝ち、その後の計量室。


「滝川、なぜよけんかった?」


 騎手会長の岸が滝川に詰め寄る。


「馬が言うことを聞かなかったんで」


「お前なあ!」


 岸は滝川の胸倉をつかむ。岸は父を落馬事故で亡くしている。岡田は岸をなだめ、アキトの様子を見に医務室に行く。


「どうですか? 先生」


「頭を軽く打ったらしいね。病院は手配したが、大丈夫」


 岡田は胸を撫でおろした。

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