第15話 神野優佳

 アキトは神野に連れられて中山競馬場から渋谷に行った。なんでも三島誠の経営する焼き肉屋があるらしい。三島はもう45歳を迎え、調教師免許に挑んでいる。騎手にとってセカンドライフをどう過ごすかは課題の一つだ。勝てない騎手では引退も早くなる。


 やがて焼肉、三島苑にたどり着いたが神野は車を降りない。


「どったの? ゴローちゃん」


「いや、娘と待ち合わせだから」


「聞いてないぜ?」


「言ってないからね。可愛いよ?」


「聞いてないぜ」


 やがて一人のどこかで見たことある女が神野の方の窓をノックする。


「待った?」


「少しね。店に入ろうかアキト」


 そう言って車を降りる神野。アキトも助手席から降りる。


「あなたがアキトね……ふーん」


「誰? この女誰?」


 俺は神野に女のことを訊く。


「愛人? 愛人だ!」


「しっつれいね! 娘だよ。む・す・め。名前は神野優佳。知らない? 一応芸能人」


「どこかで見た顔だとは思ったわ。俺は吉沢アキト」


 車を降りた俺たちは三島苑に入店する。


「いらっしゃいませ、神野さん。今日は優佳ちゃんも一緒なのね? そちらは?」


「吉沢アキトだよ。ここだけの話、岡田弘明の息子」


「お子さんいらっしゃるとは聞いてたけど、大きいのね。神野さんが連れて来たと言うことは競馬関係のお仕事?」


「あ、一応ジョッキーです。今年デビューで」


「関東の新人ではエースだよ。重賞も勝ってる。奥の席がいいな」


「はい、こちらになります」


 神野は小声で耳打ちする。


「ここのオーナーが三島くんの娘、百合子さんだよ」


「家族経営か」


「ここと横浜と川崎に店を出してる」


「ほーん」


 実際、興味なかったんで適当な返事を返した。席に着くと七輪とメニューとお茶が出た。


「俺はそんな肉好きじゃないんで、牛タン以外は任せるよ。レバーは食べられない」


「ならアキトは牛タンと上カルビと上ハラミね」


 実際、牛肉でついた体重の方が魚より落ちにくい気がするだけだ。


「アキト君はG1何勝?」


 優佳がそう訊いてきた。


「俺はまだG1乗れないの。だから0勝」


「そうなんだ。お父さん何勝だっけ?」


「31勝。現役ではトップだけど、もう歳だからね」


「親父が9勝だったか。三島さんは?」


「まこちゃんは13勝。それに次ぐのが岸くんで12勝」


「意外と俺の親父勝ってないのな」


「1500勝もしてるけど、正直G1は運も大きいからね。同時代の馬の強さにもよるから」


 俺とゴローちゃんは優佳そっちのけで競馬談議に花を咲かせた。

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