第12話 婚約者?

 新潟2歳ステークスレース後。岡田はラディウスの馬主らしい婆さんと、渋い顔をして話をしている。すると着物姿の婆さんがこちらを振り向き、手招きをした。岡田は両手を合わせて申し訳なさそうにしている。俺は自分を指さして確認したが、婆さんはにっこりわらって頷いた。俺は婆さんの方に歩いていく。


「俺に用? なんすか?」


「おい、口のききかたに……」


 岡田を遮って婆さんが言う。


「いいんじゃ、いいんじゃ。かわいい孫の言う事じゃから」


「孫?」


「そうじゃ。きいとらんのか?」


「誰に? 岡田に?」


「いっとらんかったのか! この悪たれ!」


「まさか本当に来るとは思わないだろ、かあ」


「本当に当てにならない息子だわお前は。わしは原春子。ラディウスの馬主で、弘明の母じゃ。つまりお前はかわいい孫じゃ。あいたかったぞ」


 そう言いながら婆さんはにんまりと笑う。


「おばあちゃん? 俺の?」


 俺は突然そう言われても呆然とするだけだ。


「そんでこの娘がお前の婚約者、原雪乃じゃ」


 婆さんの後ろから着物姿の少女が顔を出す。かわいらしいショートボブで、おしとやかそうな印象だ。


「初めまして、アキトさん。雪乃です。よろしくお願いしますね?」


「婚約者ってなんだよ岡田?」


「婆さんが勝手にいってるだけだ」


「勝手とはなにか! この悪たれ!」


「近親婚だぞ! 兄貴の娘なんだから! 時代とアキトの気持ちを考えろ!」


 岡田はそう喰ってかかる。


「迷惑ですか? アキトさん」


「迷惑というか……急に言われても、困る」


 可愛いからなお困る。


「そのうち実家にも顔だしな、アキト。雪乃、汽車の時間は?」


「そろそろ行かないと」


「それじゃあの、アキト。お前が一流の男になったら馬ば回してやる。雪乃もな」


「それじゃあ失礼しますね。アキトさん」


 そう言って二人はその場を後にした。


「ばあちゃんの話なんて俺はきいてないぞ? 岡田!」


「いつか言おうと思っていたが、タイミングがなくて」


「女子の告白じゃねーんだから! タイミングの問題か!」


「すまんアキト」


「婚約者だって?」


「それは婆さんが勝手に言ってることだ」


「本当だろうな?」


「誓って本当だ。俺は冗談だとしか聞いてなかった」


「まあかわいいからいいけどよ」


「いいのか……」


「俺の母親、原春子は松平グループに次ぐほどの大馬主だ。顔を繋いでおいて損はない」


「そうなのか?」


「実家は大規模デパートチェーンでな。兄貴がそこを継いで兄貴の会社でも馬を買ってる」


「持つべきはコネだな。おじさんにもよろしく言っておいてくれ。貸し一つだからなこれ」


「わかった」


 岡田は渋い顔でそう返事をした。思えば俺は親父がどんな環境で育ったのかも知らなかった。そんないい所のボンボンだったとは。

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