第4話 男の涙

 翌朝、小河原が斎藤厩舎に行くと、大量の酒に囲まれて、斎藤は泣いていた。


「どうしたんです? 斎藤先生?」


 小河原がそう尋ねると、斎藤は泣きながら馬の名を呼んだ。


「カイゼルガイストはよう! あいつはよう! 俺にダービーをくれた! それに浮かれて俺は何を見てたんだ……」


 小河原はテレビに録画のダービーのレースが映っているのに気が付いた。


 事務所のテレビを食い入るようにみる小河原。


 カイゼルガイストのダービー、直線一気に駆け抜ける漆黒の馬体はカイゼルガイスト。一着で駆け抜けたあとに鞍上の岡田弘明がガッツポーズを繰り返す。


 その下で、カイゼルガイストはわずかに内によれた。


「先生、まさかあのガッツポーズの時に、よれたときに、カイゼルガイストは……」


「どうりでよ、セントライトを落としたわけだ。俺は大馬鹿もんだ! 俺なんかよりよっぽどあの小僧のほうが、相馬眼がある。馬をよく見てる」


 カイゼルガイストは今から十年も昔の馬だ。そのレースを明人はきっとテレビで見たのだろう。子供ながらに馬のわずかな動きも見逃さなかった。これは天性のセンスだ。経験では鍛えられない部分。


「先生、あいつともう一度話しましょう?」


「どうすんだ?」


「あいつは、牧童になるって言ってました。でもそれは違う。あいつはジョッキーになりたいはずなんだ。うちで面倒を見ましょう。今からなら来期の競馬学校に入学願書が出せます」


「そうか。そうか……」


 斎藤はかみしめるように呟き、頷いた。

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