第3話 カイゼルガイスト

 明人は学校の廊下を歩きながら、デカい男である小河原を見て言った。


「あんたでけえな」


「よく言われる。俺も騎手志望だったが、タッパがあり過ぎて厩務員を選んだ」


「俺も?」


「ああ、俺は岡田さんと神野さんの同級生だ。俺もふたりととことんやり合いたかった。お前は? お前の体型なら騎手、できるだろ」


 明人はかぶりを振って言った。


「俺は、今のところは牧場に行くことになってる。馬主の松平成克、知ってるだろ? シャイン・レースホースクラブの代表。子供のころからよく、俺を競馬場に連れて行ってくれたんだ。その伝手で、松平シャインファームに牧童として働くつもりだ」


 小河原は立ち止まり、サングラスを外して明人の目を見て言った。


「夢を追ってない目だ。騎手をあきらめた時の俺と、同じ目をしている」




 * * *




 小河原は明人を乗せて、美浦の斎藤厩舎まで明人を連れて行った。 斎藤一馬は、明人を見るなり殴り飛ばし、言った。


「このガキ! 弘明はなぁ! 魂込めて鞭打ってんだ! わかるか? お前に! 弘明がどれほどのものを競馬に捧げてきたか? お前は誇りを持って金属バット振ってるのか!」


 明人はよろめきながら立ち上がり、開口一番、こう言った。


「カイゼルガイストの菊花賞……」


 斎藤はぽかんとしながら訊き直す。


「カイゼルガイストがどうした?」




「カイゼルガイストの菊花賞で、あの馬は骨折した。距離が長すぎたとか、いろいろ言われてるが、あの馬が壊れたのは――ダービー直後だ」


「なに言ってやがる? てめえ?」


 カイゼルガイストは皐月賞、ダービーを勝って、三冠馬も王手をかけたが、菊花賞の途中で競争中止。のちに宝塚記念で予後不良となった斎藤一馬の手掛けた馬のなかでも、最高傑作と言われた馬である。


「いいから、ダービーと二着に終わったセントライト記念を見なよ。それでわからないなら、あんたもアイツと同罪だ」


 明人はそれだけ言うと、厩舎をあとにする。後ろから小河原の声がする。


「ここは茨城だぞ? 無一文で帰るのか?」


 小河原はそう言って、財布から三万円を明人に持たせた。

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