第44話 言い伝え1
朝食を済まし、相変わらず人が出歩いていない町の、女神像の前でカルロに話しかける。
「あの、この町の伝承についてご存知ですか?」
「伝承? どうしてまた急にそんなことを聞くの?」
「いや、それが……昨晩宿の前でクウェルさんを会いまして。この町に伝わる言い伝えが今回の疫病問題のキーになっているかもしれないと」
「あいつが⁉︎」
クウェルに会った話をするとカルロは心底驚いた顔をした。そしてシエラの肩をゆさゆさと勢いよく揺らす。
「大丈夫⁉︎ なにか変なこととかされなかった⁉︎」
「い、いや、少しお話ししただけですけど……」
そういえば初対面のときからカルロとクウェルはあまり相性が良くなかった気がする。
ルージュを筆頭としてカルロが苦手とする人の内の一人っぽさそうだ。
「あの、頭がぐわんぐわんするんですが……」
「あっ、ごめん」
カルロが勢いよく揺らすので、シエラは目を回しかけていた。やっとのことでそれに気がついたカルロが手を離した。
「でも言い伝えか……たしかにそういう話は祖母から聞いたことがあるけど、今回の疫病に関係あるのかな……いや、たしかに少し類似点はある、が」
うぅんとカルロは唸り声を上げた。なんとも歯切れの悪い反応だ。
「ちなみにどんなお話しなんですか?」
「そうだなぁ」
頭を悩ませていたカルロだったが、シエラに問われて近場のベンチに腰掛けると、町に伝わる言い伝えを語り出した。
その昔、この世に魔女という存在がいた時代に、この町で厄災が起きたそうだ。町の人々は高熱にうなされ、苦しみ、近くに住む魔女に助けを求めた。
魔女は女神の力を借り、町に強力な結界を張った。その結果、町には再び平穏が訪れた、という物語らしい。
「魔女、ですか」
シエラはぽつりとつぶやいた。
たしかにかつて魔女という存在がいた、という本はいくつか読んだことがある。しかし今までの冒険で魔女に出会ったことはないし、他の冒険者やギルド組合から魔女なる存在がいるとは聞いたことがない。
魔女も、魔術も空想上のお話とされているはずなのだが……
「厄災、ですもんね」
「ああ」
ベラーガに伝わる言い伝えと、今の状況で共通しているのは厄災という言葉と高熱にうなされるという点だ。
もし、これが何百年も昔に起きた厄災の再来だとしたら。いや、いやそんなはずはない。魔女も魔術も存在するとは思えない。
「なら……
ハッとして顔を上げる。
当たり前のように接していたが、神獣だって本来はかつて存在したとされる生き物だ。
シエラたちがルルに出会うまで、いるはずがないと思っていた空想上の生き物。
カルロと顔を見合わせる。
互いに頷くとカルロは立ち上がり、シエラの手を引いた。
「オレよりこの言い伝えに詳しい人がいる!」
カルロに手を引かれて町の中を走り出す。
入り口近くの女神像前から、町の外れにある家まで。ただがむしゃらに走ってカルロは勢いよく古びた一軒家の扉を開けた。
「アーじいさん!」
「おおう……最近の若いのは騒がしいの……」
カルロが扉を開けた振動で天井からパラパラと埃がまった。しかしカルロは気にすることなく家の中に上がった。
「オレだよ、カルロ。サトレイジ家の息子」
カルロは椅子に腰掛ける八十代後半はいってそうな男性と目線を合わせるようにしゃがみ込むと名乗った。
「んにゃ、若返ったのぉ。カートよ」
「それはオレのじいちゃんの名前だよ。オレはカルロ。ほら、何度か小さい頃に遊んでくれたじゃないか」
「んん? かー……ああ、カルロな。もちろん覚えとる。あれじゃろ、この前結婚した……」
「もしかしてオレの父親のこと言ってる? 惜しいけど違うよ。その結婚した男の息子だよ」
「ああ、その息子のあの冒険大好きわんぱく坊主か」
「……覚え方が不本意だけど、事実だからまぁいいか」
カルロはふぅと息を吐いた。思い出してもらえて安堵したようだ。
「ああ、シエラにも紹介するよ。この人はベラーガでも結構長寿な、オレの祖父の剣の師匠だった人だよ。もうちょっとで百歳になるんだ」
「百歳⁉︎」
見た目よりはるかに歳をとっていてシエラは思わず叫んでしまった。
百歳はだいぶ、いやかなり長寿な方だ。そんな歳をとっている人とは初めて会った。いやはや、世界は広いものだ。
「まぁ、見ての通りだいぶボケてしまっているんだけどね。昔はすごい剣の達人だったらしくて、王都で騎士団団長を務めていた、らしいって話を聞いたな。本当かはわからないんだけど」
カルロは苦笑した。
たしかに名前を名乗られてもパッと思い出せずに、別の人のことを思い出していたのでだいぶボケているのだろう。
カルロはこの人が言い伝えに詳しいと言っていたが、この様子で大丈夫なのだろうか。少し心配だ。
「アーじいさん。ベラーガに伝わる言い伝えについて、昔なにかオレに教えてくれたよね?」
「んー? 言い伝え……はて?」
カルロに問われてアーじいさんは首を傾げた。
前言撤回、少しどころかかなり心配だ。
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