第43話 怪しい男・再び

 町の近くの森で、ホーホーとフクロウが鳴いている。

 シエラは森に身を潜めているであろうルルのことを考えながら宿の外に出た。


 今日したことといえば、カルロの叔父さんに啖呵を切ったことと、疫病に罹った患者を実際にこの目で見たこと。そして先にこの町に派遣されていたギルド職員に疫病についての話を聞いたことくらいだ。

 そう、それくらいしかできなかった。


「眠れない……」


 眠れるはずがない。

 現状はシエラたちが想像していたものよりも何十倍も悲惨で病院、臨時で使われている集会所、そのどちらにも疫病で倒れた人たちが高熱にうなされていた。

 熱に苦しみながら、涙を浮かべて必死に親に助けを求める子供。その隣のベッドで弱々しく子供に手を伸ばす母親。

 助けて、痛い、気持ち悪い。熱にうなされて、悪夢に囚われた人たちの苦しむ声がそこら中から響き渡っていた。


「うう……」


 シエラはその光景を思い出して蹲った。

 今の段階で死者こそ出てはいないが、疫病患者を看病する人手が圧倒的に足りていない。ギルド職員や医者たちは目が回る寸前で、看病している人の方が倒れてしまいそうだった。

 そして考えたくもないのが、あの場にいた患者で疫病患者はすべてというわけではないということ。

 病院や集会所に入れなかった人たちは各々の家で療養している。そしてギルド組合の話によると、ベラーガ以外でも同じ症状の患者が急増しているとのことだ。

 この国には、すでに数千を超える疫病患者が現れていた。


「私には……私はどうしたら」


 助けたいのに、その術がわからない。

 医者はこんな病気はみたことも聞いたこともないと言った。

 ギルドの職員はやつれた顔で打開策は見つかっていませんと言った。

 誰も彼もが、疫病に対してただなにもできずにいた。


 目新しい情報は見つかっておらず、ひとまず今日のところは宿で休もうというカルロの提案で宿で横になったが、シエラはなにもできない自身の弱さに悔しさを覚えて眠れぬ夜を過ごしていた。


 ホーホーと鳴くフクロウが気楽そうで、少し羨ましい。

 すべてを放り出して逃げてしまいたいとは思わないが、今なら他のSランクギルドが逃げ出してしまった気持ちがわかる。

 完全に手詰まり状態だった。


「眠れない……」


 再度、シエラはつぶやいた。

 目が覚めたらすべてが嘘のように、疫病問題が解決してればいいのに。なんて考えても無駄なことくらいわかっている。女神に祈ってこの厄災が終わるというのなら、いくらでも祈ろう。けれど、なにをしたって無駄なのだろう。


「眠れないよ……」


 シエラはうっすらと涙が溢れそうになった瞳を隠すように顔を覆った。


「オレがきみの頭をぶん殴ってあげようか?」

「いやですけど⁉︎」


 突如背後から聞こえてきた声にシエラの涙は引っ込み、声のした方に振り返った。


「クウェルさん⁉︎」


 なんと、そこにいたのはかつてイデカチキンに襲われているところを助けたクウェルだった。

 相変わらず商人にしては軽装だが、今はそれどころではない。


「なんでクウェルさんがここに⁉︎」

「頭に衝撃を与えたら眠れると思ったんだけどなぁ」

「それは意識が飛んでいるだけで、眠っているのとは別です!」


 シエラの問いには答えずに、クウェルはいかに眠らせるかの話をしていた。

 こう、ガツンと、と拳を虚空で振り下ろすクウェルの姿を見て、ふざけているのではなく本気で言っているのがわかって少し恐ろしい。


「善意で人を殴らないでくださいよ……もちろん悪意を持って人を殴るのも駄目ですけど」

「えー、まぁ、シエラがそう言うなら」


 シエラが呆れ気味にそう言うとクウェルは少し不満気だったが、渋々頷いた。


「それで、なんでクウェルさんがここにいるんですか? この町はいま結構大変な目に遭っているんですけど」


 もう一度クウェルにここにいる理由を問いただす。

 ベラーガは今、この国で一番疫病の被害に遭っている町だ。感染経路が不明とはいえ、不用意に近づくのは得策ではない。


「シエラちゃんが困っているだろうと思って」


 そう言ってクウェルはにこりと笑った。


「困って……いや、たしかに困ってはいますけど。だからってなんでクウェルさんが」

「ふふっ、実は商人というのは表向きの職業でね。本当は情報屋をやっているんだ。だから厄災ランクの疫病が流行っていて、ギルド組合や高ランクギルドたちがこれの対処にてんてこまいになっているのは知っているよ。だからオレの持っている情報でシエラちゃんのことを助けてあげたいなって思って」

「……情報屋」


 クウェルは胡散臭い笑みを浮かべている。

 どこまでが本当の話なのか、いやすべて嘘なのかシエラには判断しかねるが、もしクウェルの協力で少しでも問題解決に一歩でも近づけるなら……


「なんでもいいからクウェルさんが掴んでいる情報を教えてください。お礼だってちゃんとしますから」


 シエラはクウェルとまっすぐに向き合って情報の取引を求めた。


「いいよ。シエラちゃんにいいことを教えてあげよう。もちろんお代は取らないさ」


 微笑むとそう言ってクウェルは語り始めた。

 なんでもこの町には古くから伝わる言い伝えがあるそうだ。

 それは何百年も昔から伝わる伝承で、それが今回の疫病に関わっている可能性が高いそうだ。


「その言い伝えっていうのは……?」


 肝心の内容を聞こうと首を傾げてクウェルに問いかける。


「それはね――」

「シエラ」

「ルルちゃん⁉︎」


 クウェルが口を開いたとき、背後から声をかけられた。振り返るとそこには木々の隙間に隠れるように、こちらに顔を覗かせるルルの姿があった。


「あっ、今はクウェルさんとお話し中で……あれ?」


 ルルに状況を説明しようと前を向くと、先程までそこにいたはずのクウェルの姿が見当たらない。


「どうかしたのか?」

「いや、その……さっきまでお話ししてた人がいなくなっちゃって」

「わ、我のせいか? すまぬ……」


 ルルは申し訳なさそうに頭を下げた。

 神獣にこう言うのは失礼かもしれないが、動作のひとつひとつがかわいらしい。


「ああ、いや……まぁ、明日カルロさんにでも聞こうかな。ところでルルちゃんはどうしてここに?」


 ルルは普段は余計な混乱を防ぐために町の中にまで入ってこない。だというのに、こうして顔を見せにきた理由はなんだろうか。


「いや……この辺は嫌な気で満ちている。だから少しシエラたちが心配になってだな」

「それで私たちの様子を見にきてくれたんですか。大丈夫ですよ。カルロさんも私もとくに変わりはありません」

「そうか、ならよかった」


 ルルは安堵したようにホッと息をはいた。

 心配させてしまう前に一度顔を見せておくべきだったのかもしれない。ルルには少し申し訳ないことをしてしまった。


「我はまた森の方へ戻る。シエラもしっかり休め」

「はい。おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」


 ばさり、とルルが翼を広げて空へ飛び立つ。星の輝く夜空に綺麗な白い翼が飛んでいった。


「ふぅ、さすがに私も休もう」


 クウェルから中途半端にしか話を聞けなかったが、この町に伝わる言い伝えならカルロも知っているかもしれない。

 明日カルロに話を聞こうと、シエラはベッドに戻った。

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