第34話 酒場
「けどよかったの? シエラは船に乗りたかったんじゃない?」
「いや、それは昨日満喫したので大丈夫です!」
レスイに着いたとき、シエラは船の上から湖を見たいと言った。それを覚えていたカルロが船のツアーを提案したが、シエラは昨日の漁船で満足したので断った。
たしかに観光を目的として作られた船の方がいい光景を見られたかもしれないが、むしろ漁船で見たあの光景の方が思い出に残る気がする。
それに漁船でも普通に綺麗な湖を見ることはできたのだ。透明な水の中で自由に泳ぎ回る小魚たちの姿を見れたのでシエラはもう満足だ。
「そっか、ならいいんだ」
そう言ってカルロはふっと笑った。
「あの、カルロさんは逆に行きたいところとかないんですか? 私ばかり気にかけてもらっている気がして申し訳ないんですが……」
カルロはいつもシエラの意見を尊重してくれる。ありがたいことだが、もしかしてカルロはシエラの意見を優先しすぎて旅を楽しめてないのでは、と思うと申し訳ない気持ちに襲われた。
「えっ、いや大丈夫だよ。シエラと一緒ならどこでも楽しいよ」
「そ、そうですか」
そういうことはあまり軽率に言わない方がいいと思いますよ、とシエラは心の中で思った。
カルロはただでさえ容姿が優れているのだ。それに加えてSランク冒険者。モテる男にそんなことを言われたら、変な勘違いをしてしまう女性が出てきてもおかしくない。
人のいいところを見つけられるのがカルロの特技で素敵なところであると思うが、その性格ゆえに女性に変に気を持たせてしまう可能性を考えて欲しいものだ。
「でも、そうだな。さっき聞いた酒場とレストランには行ってみたいな。ああでもシエラはお酒が飲めないんだよね?」
「はい。未成年なので」
シエラはもう数年で成人するが、まだお酒は飲めない。なので酒場など行ったことがないし、行くこともできないだろう。
せっかくカルロが行きたいところがあるのに自分のせいで行けなくなるのはいやだと思い、口を開く。
「あの、別行動しましょうか。私は適当に街をぶらついて景色を楽しんでいるので、カルロさんは好きなところに行ってください」
「いや、それはべつにいいよ。せっかくなら一緒に散策しよう」
「でもそれじゃあカルロさんの行きたい場所に行けない……!」
「ああ、もしかして酒場のこと? それならシエラも一緒に行こうよ。大丈夫だよ、酒は飲めなくてもジュースくらい出してもらえると思うよ?」
「え? そうなんですか?」
「うん。まぁ、店にはよると思うけど大体のお店は大丈夫だと思うな」
「そっか、よかったー」
シエラはほっと胸を撫で下ろした。たしかにお酒さえ飲まなければいい話だ。
夜は酒を目当てにした大人の客が多いだろうというカルロの推測から昼食を酒場でとり、夕食をレストランでとることにした。それまでは街の中をぶらりと自由気ままに散策だ。
「やっぱり街全体が同じ壁の色だと統一感があって、どこから見ても綺麗ですね」
「そうだね。レスイは都市の中でも特に観光に力を入れている街だから、街全体で盛り上げようとしているんだと思うよ」
「たしかにこれだけ綺麗な街並みだと旅行とかで来たくなりますね」
シエラはほうっと建物に見惚れながらつぶやいた。
この国で一番大きな湖がある。それだけで観光客が来やすい土地だというのに、その上清潔感のある白の連なった外壁は圧巻の景色だ。
湖から引かれた街中に走る水路の水の透明度も高く、とにかく街全体が美しい。
ここ、という観光スポットがあるというよりも、この街そのものが大きな観光スポットだった。
「橋だ!」
幅二メートルほどの水路にかけられた小橋の上を渡る。橋の真上から水路を覗き込むとそこに見えるのは水面に反射したシエラの笑顔と水中を泳ぐ小魚の群だった。
「綺麗だね」
「そうですね!」
カルロも水路を覗き込み、小魚たちが泳いでいく姿を見送っていた。
「少し早いけど昼食にしようか」
「わかりました! たしか酒場は北区にあるんでしたよね」
「そう言っていたね」
小橋を渡きり、北区の方へ足を進ませる。
この街は広いため、噴水のある場所を中央区として各方角ごとに北区、西区、南区、東区と区間分けがされている。と門の近くに建っていた看板に書かれていた。
シエラたちが向かうは北区だ。
ちなみに湖に面しているのは北区と東区だ。レストランは東区に、酒場は北区にあるらしい。
「酒場ってどんな料理があるんでしょうね」
「揚げ物が美味しいって言っていたからそれを頼んで……他は適当に目についたものを頼んでみようか」
「なにが出てくるかわからない……少しドキドキですね!」
軽い足取りで北区の酒場に向かう。酒場自体は北区に行くまでの道中にもいくつかあったが、寄り道しないように男性の言っていた酒場を目指して突き進んだ。
「すみません。二人なんですが入ってもいいですか? 一人は未成年なので酒は飲めませんけど」
「いらっしゃい。うちは全然構わないよ、男前一名とかわいらしいお嬢さん一名ご案内〜」
目的の酒場について営業中なことを確認したカルロが店の戸を叩いて声をかけると窓辺の席に案内された。他の席につく客の服装を見るに聞いていた通り観光客より地元の人に愛されているお店のようだ。中には子供連れのお母さんもいた。子供はお子様ランチを口いっぱいに頬張って幸せそうな表情を浮かべている。
「ご注文は?」
「ここの揚げ物が美味しいと聞いて。それをお願いします。あとは……これとこれと、あとこれと」
店員に聞かれてカルロはメニュー表を見ると迷うことなく次々と注文していた。
「あとこれと……シエラはどうする?」
「えっ、あ、えっと、おすすめをお願いします」
パッとメニュー表から顔を上げたカルロに問われてシエラは思わず苦笑しながら店員のおすすめを頼んだ。
すでにカルロだけで二十品以上は注文している。店員が苦笑いしているのが目に入った。急にこれだけ注文が入れば苦笑してしまう気持ちもわからなくもない。
「では少々お待ちくださいー」
注文を取り終わった店員がそう言い残すと厨房に戻る。すると急に厨房の方が騒がしくなって、ああやっぱり頼みすぎたよねとシエラは苦笑した。
「大きな店だね」
「そうですね」
大慌てで調理に取り掛かる厨房の様子に気がついていない、頼んだ張本人のカルロは呑気に店の中を見渡していた。
木製のテーブルに同じく木製の椅子が並んだテーブル席は全部で八席。カウンター席もあってそこは十席ほど用意されていた。観光客をターゲットにしていないにしては大きな店だ。しかし時間帯の問題か今はカウンター席二席、テーブル席三席しか埋まっていない。
「楽しみだね」
厨房から漂ういい匂いにカルロがつぶやく。
べつにそこまでお腹が空いていたわけではないが、匂いを嗅いでいたらシエラの腹の虫が鳴いた。
「うっ」
少し恥ずかしくて俯く。そこに店員が料理を運んできた。
「お待たせしましたー! 次の料理は出来次第お持ちしまーす!」
そう言うと皿を置いて素早く厨房に戻っていった。
「わ、わー、美味しそうですね」
「そうだね」
シエラが白々しい声を出すとカルロはくすりと笑って肯定した。それ以上先程のお腹の音に触れてくる様子はない。
「食べようか。オレが注文したやつだけど、シエラも一緒に食べようよ。分け合いっこってやつかな」
「あ、ありがとうございます」
シエラの注文した品はまだ届かない。カルロの好意に甘えてシエラは届いた料理に口をつけた。
「んん!」
男性がおすすめしていた通り、魚の揚げた料理がなんとも美味しい。
昨日も屋台で食べはしたが、それとは比べ物にならない口の中でほろほろと魚が解けていく食感。味付けは濃くなくて、魚本来の味を際立たせるような優しい味。あまりの美味しさに思わず口元が綻ぶ。
「本当にシエラは美味しそうに食べるね」
「カルロさんこそ……いや、食べるのはやっ!」
カルロは美味しそうに食べているが、モリモリモリモリとよく食べる。そのスピードは早い方だろう。もうすでに二つの皿が空になりそうになっていた。
「お待た、せしましたー」
店員が追加で料理を運んできた。一度テーブルの上の空になった皿を見て目を丸くしたが、すぐに笑顔を取り戻して次々と料理を置いていく。
「シエラも好きなだけ食べていいからね」
「あはは……はい」
パクパクと次々に料理に手をつけていくカルロに苦笑してシエラは自分で頼んだ分と、食べれる分だけの魚のフライを自分のペースで口に運んだ。
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