第30話 山頂の魔獣
昼ぐらいから山を登りはじめ、太陽が山に茜色の光を降らせ始めた頃。
「もう少しで山頂だよ」
カルロの言葉に疲労で俯きがちになっていた顔をあげる。
これだけ大きな山を登るのは大変体力がいる。シエラたちがこの山に足を踏み込んでから、もうすでに五時間が経っていた。
「帰りも歩いて帰らなきゃなんですよね……」
途中途中で休憩を挟んでいるとはいえ、五時間も山を登り続けて疲労が溜まっていた。本来ならいるはずの魔獣がいなくてよかったと心から思う。
しかし薬草を採取したあとにまたこの道を通って帰らなければと思うと気が重い。
「休憩する?」
「いや、もうちょっと頑張ります」
カルロのありがたい提案を断って足を進める。
あまりゆっくりしていると夜になってしまうだろう。せっかくAランクの魔獣がいなくて登りやすくなっているのに、ちんたらして山頂に着くのが夜になってしまったら申し訳ない。
もしそうなったら山頂手前で一度夜を明かし、それから薬草採取と必要に応じてSランク魔獣との戦闘をしなければならない。
ゆっくり休んでから薬草を採取したり、魔獣と戦うのは悪いことではない。しかし普段と様子の違う場所で一夜を明かすのは危険も伴うので避けたいところだ。
寝るときも周囲を警戒しなければならないし、しかしながら警戒ばかりしていては休むに休めない。無駄に心労を溜めてしまうだけだ。
そう考えると少しでもはやく山頂に着いて、山頂にいるという魔獣の姿を確認してから数分休憩しつつ対策を練る方が効率的だ。
「大きな鳥と言われるとイデカチキンを連想しますけど……イデカチキンはSランクにはなりませんよね」
「そうだね。イデカチキンは強くてもAランクが最高ランクの個体なんじゃないかな。Sランクのイデカチキンがいるなんて聞いたことがないよ」
山頂にいるのは大きい鳥の魔獣らしい。しかしSランクぽかったという話なので、特徴が似ているがイデカチキンではなさそうだ。イデカチキンは強くてもAランク、弱くてもCランク程度の魔獣だからSランクになることはまず考えにくい。
そうなると山頂で暴れていたという魔獣はいったいどんな魔獣なのか……シエラは知っている魔獣だといいなと思いながら足場の悪いところをぴょんと飛び越えた。
すでにだいぶ山を登った。もう十分もすれば山頂に着くだろう。
周囲の木は魔獣の爪研ぎにでも使われたのか、傷がついているものがちらほらと目につく。
「もう少しですね」
山頂にいるという魔獣。それは冒険者が言っていたという話を店主から聞いた、所詮は又聞きした情報だ。だから本当はそんな魔獣はいない可能性もなくはなかったが、実際に山頂に魔獣がいるということは目視するより先に聴覚が気づいた。
近づくにつれ、山頂からバサバサと翼の音が聞こえる。キーキーという鳴き声も聞こえてきて、シエラたちは木陰から山頂の開けた場所を覗き込んだ。
そこには毛並みの荒れた白い翼を持った魔獣が、翼を広げては風を巻き起こして周囲の草木を荒らしていた。
「ああ、ヴィークさんに頼まれた薬草まで飛んで行っちゃう……」
魔獣の手、もとい翼は止まらない。ただひたすらに周囲に風を巻き起こしては草木を荒らして、時折木に翼が当たって血が出ても気にする様子なく攻撃をやめなかった。
「どう見てもイデカチキンではないな」
「そうですね……というか、この魔獣どこかで見たことがあるような……?」
シエラは記憶を懸命に漁る。この魔獣をなにかの本で見たことがある気がするのだが、どこだっけ、どこで読んだんだ。シエラは眉を顰めて必死にいつかの記憶を引き摺り出そうとした。
「なんの魔獣かはオレにもわからないが……戦うのは賢い判断ではないな。どこかに行ってくれるのを待つか」
カルロの提案でその場で待機することにした。
魔獣は巣に居座っていることもあるが、狩りのときなどに絶対巣の外に出る。なのでここがあの魔獣の巣だとしても、しばらくすればお腹を空かせて一度この場から離れるはずだ。
しかしいつまで経っても鳥の魔獣は移動しない。敵などどこにもいないのに、ずっと翼を動かしているだけだ。普通ならあれだけ暴れていたらお腹を空かせてなにか獲物を狙いに行くと思うのだけれど。
「なにかおかしくないですか? 翼を怪我してるのにずっと暴れてますよ」
「キーキーと興奮した鳴き声をあげているからな……子育て中の魔獣は気性が荒くなるからそれか……いや、子供がいるようには見えないな」
カルロの言う通り、あの魔獣の近くには他の魔獣は一切いない。あの魔獣の子供のような小型の魔獣もいないので、どうしてあの魔獣があんなに気性を荒くしているのかの検討もつかない。
「一度ここから離れて休憩にしよう。作戦の立て直しだ」
「はい、わかりました」
一向に落ち着く様子のない魔獣の姿に、カルロの提案でシエラはその場を離れようとした。
しかし――バキッ。
地面に転がっていた木の枝を踏んづけてしまった。
「で、デジャブ……」
音を聞いて魔獣が飛んでくる。そしてシエラたちの姿を見つけると迷うことなく襲いかかってきた。
「キー!」
甲高い悲鳴のような鳴き声とともに翼が振り下ろされる。間一髪避けることには成功したが、一度見つかってしまえば逃げるのは難しいだろう。なにしろ相手は鳥の魔獣だ。空から探せる時点で飛ぶことのできない人間側は不利な状況になる。
「シエラ! ここで暴れられたら木が倒れてきて危ない! 山頂の開けた場所に出るぞ!」
「はい!」
逃げることができないのなら戦うしかない。シエラたちは先程まで魔獣が暴れていた開けた場所に出ると武器を取り出す。
「オレが正面からいく。シエラはそのサポートを」
「わかりました」
シエラたちを追いかけてきた魔獣を対面して剣を握りしめるカルロの少し後ろでシエラも短剣を握る。
魔獣がカルロに意識を取られているうちにシエラが死角から奇襲を仕掛けるのがいつの間にか、いつもの戦い方になっていた。
「キッ!」
魔獣がぐんと距離を詰めた。
――早い!
カルロは右に、シエラは左に飛び避ける。
異常なまでの素早さを見せる魔獣はやはりランクをつけるとしたらSだろう。Aランクの魔獣なんかとは比べ物にならない強さだ。なんならSランクという枠から飛び出しているかもしれない。
相変わらずキーキーと鳴く魔獣にカルロが攻撃を仕掛けた。魔獣は自身の翼でその攻撃を受け止める。
「避けない?」
その姿を見て、思わずシエラの口から戸惑いの声が漏れた。
先程の魔獣の速さならカルロの攻撃を避けることもできただろう。なのに魔獣はそうしなかった。なぜ、という疑問が頭の中を駆け巡る。
「クッ!」
魔獣の反撃をカルロは耐える。今はなんとか捌ききれているが、長期戦になったら間違いなくカルロの方が先に体力を消耗しきって怪我をしてしまうだろう。
「私はどうすれば……!」
自分にできることを必死に考える。
あの魔獣の速さならいくら素早さが売りのシエラでも無理に突っ込んで攻撃を当てることはできない。むしろカウンターを食らう可能性の方が高かった。
せめてあの魔獣の正体がわかれば、大体の急所がわかるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます