第28話 言い争い2

 娘のために薬が欲しい父親と、ボランティアではないのでタダで薬を渡すことはできない医者。どちらの気持ちもわかる。


 大切な娘のために薬を用意してあげたい。しかしお金がないから薬を処方してもらえない。でもだからといってうなされている娘を放っておけない。だから父親として何度でも医者に食い下がってしまう。


 そしてお金がない患者には薬を処方できない医者。一度でもそれを許してしまえば他の患者にも同じような対応を求められ、それに応え続けていると最悪の場合は経営が破綻して潰れてしまう。そんな状況にならないように、助けてあげたい気持ちがあっても、心を鬼にして断らなくてはならない。


 娘のため、経営のため。どちらも大切なものを守るために言い争っているのだろう。


「風邪には回復ポーションは効かないですもんね……」


 シエラは前のギルドでいつもサポートをしていたときの名残りでいまだにいくつもの回復ポーションを持ち歩いていた。しかし回復ポーションが効くのは切り傷などの外傷にだけだ。

 怪我ややけどを治すことはできても、体の内側の不調、つまり風邪などを治すことはできない。

 しかも回復ポーションも値段によって治せる傷の程度が違う。安いものはかすり傷程度しか治せないし、ヴィークにもらったような最高級の回復ポーションなら大体の傷を治せる。


 まぁ、どれだけ高級なものでもやはり体の中の病原菌を追い払う力は持っていないのだ。だからシエラの持っている回復ポーションは男性の娘にはどれも役に立たない。


「よし、じゃあその薬代をオレたちが代わりに支払おう」

「えっ? いいんですか⁉︎」


 いつの間にかシエラたちの元までやってきたカルロの言葉に男性はパッと顔を上げた。


「その代わりオレたちのお願いを聞いてほしいな」

「ええ、ええ! 自分にできることならなんでもやります!」


 男性は何度も首をコクコクと頷かせるとカルロににじり寄る。娘を助けることができるかもしれないことがわかったからか、先程より顔色が随分と明るい。


「たしか漁師をしているんですよね?」

「はい。オンボロの船ではありますが……それがなにか? もしかして船が欲しいとか? その、なんでもとは言いましたがあの船はうちの大事な、父親の代から受け継がれてきた船なんです。さ、さすがに渡せません」

「いや、船が欲しいわけじゃないんだ。ただ湖の向こうまで運んで欲しい」

「湖の向こうまで⁉︎」


 カルロの言葉に男性と医者は大声を上げた。

 シエラはカルロの意図を理解して思わず苦笑した。


「それはあの魔獣がうじゃうじゃというという山に行くということになりますよ⁉︎」

「私たちはその山に行きたいんです」


 カルロは男性に薬代を肩代わりする代わりに、山まで船を出させる気だ。時間短縮の意味も兼ねて、船を持つ人の全員が断った湖横断ルートを選びたいのだろう。

 そんなに薬草採取後の観光を楽しみにしていたのだろうか。


「そうそう。だけどどの船の船長も山の方には近づけないと断られてしまってね」

「それは誰でも断るに決まっているでしょう! 山に近づいたらいつ魔獣に襲われるかわからないのに!」

「森の中までついてこいとか、帰りまで待ってろなんていうつもりはないよ。ただ行きだけでも送ってくれたらそれでいい。だいぶ時間短縮になるからね」

「……わかりました。本来なら近寄るのは危険ですが、娘のためです。それくらいのお願いでしたら喜んで引き受けましょう」


 男性はカルロの提案が予想外だったからか、少し考え込む様子だったがこれも娘のためと腹を括った表情で頷いた。


「よし、交渉成立だね」


 カルロはいい返事が聞けて満足そうだ。頷くと男性によろしくと言って握手を交わした。


「医者としても山に行くのはおすすめできませんが……言うだけ無駄そうですね」

「すみません、でも回復ポーションはあるので多少の怪我なら大丈夫です」


 眉を顰める医者に少し頭を下げて笑った。

 やはり冒険者というのは多少の無茶を押し通す人間だと理解しているのだろう。医者はそれ以上なにも言ってこなかった。


「ありがとうございます。お願いなのですが、この薬を先に娘のところに持って行ってもいいですか? はやく飲ませてあげたいんです」

「わかりました。では待っています」

「はい、娘に薬を飲ませたらすぐ戻ってきますので」


 男性は何度も頭を下げると、シエラたちが肩代わりして処方してもらった薬を片手に家に向かって走っていった。

 話は男性がシエラたちを山まで船で運ぶ代わりに薬代を肩代わりする、ということで無事まとまり、医者もちゃんと薬を処方してくれた。

 シエラは男性の後ろ姿を見送りながら苦笑した。


「なんだかちょっと脅しみたいになってしまいましたね」

「ははは。たしかにそうなっちゃったね。けど、あの人を山の中にまで連れ込もうとは思っていないし、山に着いたらすぐに帰ってもらうつもりだよ。風邪をひいて寝込んでいる娘さんのことも気がかりだろうし」

「そうですね」


 子供が風邪をひいたのなら薬だけではなく看病する人も必要だろう。男性とその娘のためにもはやく湖を横断しなくては。


「すみません、お待たせしました!」

「おや、早かったですね」

「隣の家の方が今日はお仕事がお休みだったらしくて、私がいない間の娘の世話をしてくれるそうなのでお願いしてきました。とは言えやはり娘の様子が心配なので早く帰りたくて、もう船を出してもよろしいですか?」

「ええ」

「お願いします」


 山は大きく、高度もある。しかし準備は万端だ。シエラたちは頷くと男性の所有する漁船に乗って対岸の山を目指した。

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